菅・世直し内閣はどんな政権なのか~構造改革かぶれへの懸念と学術会議改革への期待~
- 松田学
- 2020年10月18日
- 読了時間: 15分
菅内閣が発足して1か月。「振り返る間もなく早かった」、「スピード感を持って躊躇なく実行に」、「できるものから改革を進めて国民の皆さんに実感として味わっていただく」…記者会見で菅総理が述べたこれらの言葉が菅政権の性格を端的に表しているようです。
菅総理の側近で、かつて私とは同僚議員として一緒に自主憲法の研究会を主宰したこともある和田政宗・参議院議員が、菅政権誕生への思いや、菅政権とはどんな政権になるのか、松田政策研究所チャンネルで忌憚なく語りました。お話を聞いて思わず私の口から出たのが「世直し内閣」。今度、菅さんに内閣のネーミングとして提案するということです。
ただ、この新政権が実際にどんな性格の政権になるのか、まだよく見えていません。個別課題を処理するだけ、新自由主義の小泉構造改革路線の再現だ、理念も国家観もない、習近平の国賓来日や憲法改正をどうするのか…などと保守派が心配する一方で、菅氏自身は実はガチガチの保守だとの見方もあります。結局は短期政権で終わる、いずれ安倍氏が再々登板すると言う人もいれば、史上最強の長期政権になるという見方も…。
●趣味は仕事、大臣たちを厳しくこき使う菅総理
表向きは考えたこともないと言いながら、実際には虎視眈々と総理の座を狙ってきた、そんなしたたかな政治家では…?確かに総裁選で電撃的に圧倒的な勝利を収めた菅氏ですが、他方で、どの派閥にも属さず、党内基盤は弱いとも言われます。しかし、菅総理には「菅グループ」と呼ばれる勢力があります。その有力メンバーである和田政宗氏が、安倍総理の辞任表明を受けて考えたのは、どうやったら菅さんは総裁選に出てくれるか…。
このグループ内では、「我々のほうからぜひに、というわけにはいかないと考えた。なぜなら、俺はやらないと言っていた、何を言っているのか、となりかねなかったから。」かえって総裁選に立ってくれなくなると思ったそうで、菅氏ご本人に全くその気がなかったのは確かなようです。「安倍総理が道半ばでできなかったことがある。新型コロナ対策と景気の復活も自分がやるしかないと、恐らく、辞任表明の夜か翌朝にかけて決意したのでは…。」
しかし、歴史家の八幡和郎氏に言わせれば、「こういう人が総理になったのは前代未聞のこと」。手法はまさに個別陳情即時処理型の市会議員…。総理になるべき人ではなかった?
では、側近の和田氏が見る菅氏は実際にはどんな人なのか…「仕事も趣味も政治。24時間365日、国のことを考えている人。世の中の理不尽、既得権益や間違ったことは変えなくてはいけないと思っている人。携帯電話の値下げも不妊治療の保険適用もそうだ。菅総理は安倍改革の総仕上げと、やり切れなかったことをやる史上最強の政権になると思う。」
総理としての器がどうかはさておき、少なくとも仕事師としての実行力には相当のものがあるようです。八幡氏も、菅内閣は「菅さんの仕事をする内閣、ほかに光輝く人は要りません内閣。河野太郎には、壊しに行け…あとは俺がやる」。看板大臣の小泉進次郎氏については、「評価されていない、環境できれいなことを言っていればいいという位置づけ」。
現に、菅総理の仕事ぶりは、各大臣にそれぞれ課題を振り、その達成状況をまめにチェックするというものだそうです。清和会の国会議員たちによれば、「誰かから話を聞いて、これは大事だとなると、その場ですぐに担当に指示を出す。安倍前総理の場合は、いったん聞き置いて、今井とか側近に振ってしまっていた。菅総理は結構せっかちで、担当大臣に、あれはまだか…となるので、各大臣もうかうかしていられない。こうやって、きちんとした成果を出せたかで、各大臣のこれからが決まってしまう。今はそんな雰囲気だ」。
史上最長の安倍政権のもとで、政府内外の情報が最も集まる官房長官職を歴代最長の7年8か月も務めた菅氏ですから、これだけ政府の隅々を知り尽くし、官僚に睨みをきかせられる総理はこれまでいなかったかもしれません。その意味では確かに、実力総理。
官房長官当時は、まず問題点を挙げてくる官僚には容赦ない報復人事で霞が関を震え上がらせていたものです。八幡氏は、その人が総理になって、これ以上、官僚の萎縮が続いてしまうことを懸念していました。ただ、和田氏によれば、「省益優先の人は切るし、最後は俺が責任とるからやれと言ったのに、なんでこんなに時間がかかるんだ、となる。しかし、官僚の話はよく聞くし、いいことをした官僚はどんどん引き上げる。」
●未知数とされる外交には安倍特使の話も~中国には意外とガチ保守で?
しかし、こうした実力者ぶりも内向きのもの。外交経験がないことが懸念されていますが、26回にわたる安倍-トランプ電話会談に25回も同席したことをご本人はアピールしています。ただ、これも八幡氏に言わせれば、「キャディーが一流のゴルファーになれると言っているようなもの。勘違いだ。テタテ(一対一)の外交をこなせるのか。当意即妙ができるのか。安倍さんのときのような世界外交の舞台から日本が退場することになる。」
こうした懸念について和田氏は、「日本との同盟が米国にとっても最優先の同盟関係である中で、菅総理は安倍外交が高めてくれた外交的地位をより高めてくれるだろう。安倍さんは菅総理を全面的に支えるとおっしゃっており、安倍特使という話になるかもしれない。茂木外務大臣もタフネゴシエーター。甘利さんも手ごわいぞとなっている。チームで支えていく。トランプも菅さんもお酒が飲めない。ゴルフの話も出てくるだろう。ゴルフは二人だけの絶好の外交の場。トランプとゴルフができた首脳は安倍総理だけだった。」
保守派の方々は、親中派の二階氏が後ろ盾となった政権であることを心配していますが、「対中外交は安倍政権のときと同じ。習近平の国賓来日…その考えは採り得ないと思っている。安倍前総理は、日本がアジアのリーダーのオンリーワンにならねばならない、その中で中国とも外交をしつつ、日本がアジアの中軸になっていくことをめざした。中国の問題に対して果敢に言うべきだが、チャネルに蓋を閉めることではない。安倍総理が辞めていちばん焦ったのは中国だ。安倍さんはいざというときに米国との間の仲介役だと思っていた。菅さんはそれができる人でもある。」
ただし、「菅さんは官房長官時代にも中国には厳しかった。より厳しい圧力をかけつつ中国に臨んでいくことになる。もともと、ガチ保守の人。かつて北朝鮮のマンギョンボン号の入港阻止でも音頭をとった人。」少なくとも韓国には厳しい姿勢の人であることは、よく知られているとおりです。保守派の懸念を伝えた私に対して、和田氏がこっそりと伝えたのは、「ご存知のようにウルトラ保守の自分がついているのだから心配しないでください」。
●おばあちゃんたちに人気の世直し人
八幡氏によれば、菅氏は中国人にとっては理想の人だそうです。理由は、名前が中国人と同じく三文字だから(ならば菅直人も…?)。というより、田舎から出稼ぎに出て総理になったというのは、中国では農民工が国家主席になるようなもので、不可能なこと。人気があるようです。東南アジアでは「おしん」の世界…?アジアでは受けるそうです。
菅さんは、おばあちゃんたちからの人気が高いというのが八幡氏の見方。「安倍さんは高齢層の女性に弱かった。かわいくないから。維新の志士のような感じで、ちょっと生意気。その点は若い人には良かった。世代間格差の解消にも良い感じで取り組んだ。しかし、女性の活躍といっても、おばあちゃんには関係ない。」
「菅さんは団塊以上の世代にとっては自分たちの縮図。庶民というよりも、中の上。これまでの総理は二世三世で、上の上ばかりだった。野田元総理は二世ではないが、早稲田に行ったので、上の下。菅さんのお父さんは満州からすっからかんで帰って、いちごで成功。そのお父さんから、国立のいい大学に受からなかったら、イチゴ農家をやれ…。国立とは北大のことで、お姉さん二人は北海道教育大学だった。菅さんは結局受からなくて、東京の六大学のようなところに行きたいとなり、それで家出をするようなことになった。」
「近くの国立なら行ってもいいけど、そうでないなら…と言われていた日本人はいっぱいいる。それぐらいの層だと考えると、中の中。現在のように、みんなが大学に行ける世の中ではなかった。みんなが苦しく悩ましい人生を送った。その中で成功した。そこに、この世代からの共鳴がある。田中角栄は悪いこともしたが、菅さんは普通に地道に成功した。真っ当な社会人、普通の日本人として尊敬できる。女性問題のうわさも聞かない…。」
いずれにしても、歴代政権と比較して極めて高い支持率でスタートした菅政権、いまのところ国民の人気は高いようです。ただ、支持率を維持していくためには、こうした庶民性だけでなく、和田氏が指摘するように「日本社会のおかしいところをどんどん改革していく政権」というイメージを続けていく必要があると思います。
その点で「世直し内閣」はピッタリかもしれません。だとすれば、菅内閣の命運を握るのは、超スピードで改革のタマを次々と出し続けられるかどうか。「菅さんは短期間でやるべきことを一気に改革して、長くやるよりは…というスタイルをとるべきだ。短期決戦内閣。長くやらないから協力してくれと言えば、皆が協力するだろう」…八幡氏の指摘です。「高い支持率で仕事を目が回るように動かさないと失速する。」
●国家デザインを出す、憲法改正もやる
しかし、菅氏が早々と打ち出している政策は、携帯電話料金の引下げ、不妊治療への保険適用、マイナンバーの不備→デジタル庁…と、どれも個別の改革であって、全体としての体系性がみえないとも言われています。一国の総理として本格政権を築くには、やはり理念や国家観や、それを実現するためのマクロの政策体系が内政外交ともに必要でしょう。
和田氏は八幡氏とは少し違う見方を示しています。「既得権益打破とか縦割り打破は大きな柱だ。まずはそれがあって、次の臨時国会の所信表明演説では、外交防衛も含めた日本のグランドデザインを示すだろう。『スガノミクス』になるか。国家デザインを示す。」
「自助、共助、公助、きずな…について色々と言われているが、実はものすごく大きなことを言っている。民主主義の基本は自分たちが行動し、自分たちの意思で政治家を生み出すこと。我が国の民主主義のあり方自体を問うている。何もしなくてもおかみがやるのではなく、先ず自分たちでやり、みんなで協働して、最終的に国はセーフティネット。」
「日本の民主主義のあり方をもう一度構築しなければならない。お上依存になると怖い独裁者が出て民主主義が危機に瀕することになる。」では、憲法改正は…?
「条文案を早くとりまとめて提示することになる。菅総理になって改憲が後退することはない。不妊治療、携帯、縦割り打破とデジタル化を柱にして今はやっているが、それらの目途が立てば、次はわが国最大の改革としての憲法改正になる。近く出てくる。」
●アトキンソンも出てきた…構造改革かぶれの恐れ~マクロの全体観を~
菅総理がそこまで考えているのであれば期待したいところですが、では、目玉のデジタル庁は、単にマイナンバーの普及や電子政府だけでなく、どこまで考えているのか…?
「スピードを上げつつ、大ナタのデジタル改革をする。デジタルの世界では技術は日進月歩。5~10年後にはここまで進んでいるということを考えないと、遅れたものを投入することになってしまう。一気に世界最先端のデジタル革命をやる。」
もし、これが本当なら、そして次なる新しい社会の構築まで菅総理が本気で考えているなら、ブロックチェーン革命やトークンエコノミーで世界を先導することを視野に入れなければならないというのが私の考えです。中国が予想以上のスピードでデジタル人民元を実用化しつつあるなかにあって、デジタル円も日銀発行のCBDCではなく、私が提唱する「松田プラン」に対してもアプローチがあって然るべき?とも思いますが…。
「たくさんの民間有識者に次々と会っていると言っても、会っている民間人は雑多。松田さんの話だけ聞いていれば十分だと思うが…、こんな人の話を聞いてもという人も。難点の多い意見を聞いてどう処理するのか?」…八幡氏はこう指摘しています。
たとえば、アトキンソン氏とお会いになって、成長戦略会議の議員に任命したことが話題になっていますが、同氏の持論は、日本経済の生産性が低いのは企業規模が小さすぎるからであるというもの。この考え方に共鳴する菅総理は、中小企業基本法の見直しや、最低賃金の大幅引上げを通じて中小・零細企業を次々と淘汰していくとの見方もあります。
日本経済の生産性の向上という重要課題を否定するものではありませんが、現在はまだデフレ基調で経済の足腰が弱く、そんなときにやる改革ではないとの反対意見も多く出ています。低賃金労働で成り立つ企業を、淘汰されるべきゾンビ企業と同一視することも、決して正しくないでしょう。そのなかには国民生活に欠かせないサービスを提供する企業も多いはず。企業の存否を決めるのは顧客である消費者のほうだともいえます。
そもそも企業規模の大小は、各企業が付加価値を生み出す営みの結果として決まるものであって、先に規模ありきではありません。その肝心な付加価値を生み出すためには、売上げが伸びるだけの最終需要やマネーの循環が必要。マクロの経済環境をなんとかすることのほうが先ではないでしょうか。個別の構造改革も、マクロ経済の全体観なくしてはうまくいきません。菅総理にはぜひ、心していただきたい点です。
●日本学術会議の問題とは、国家としてのガバナンスの問題である
現下の経済環境のもとで菅政権が小泉政権を意識して構造改革かぶれに走れば、せっかくの高支持率も低下に向かいかねないことを心配しますが、それとは別の全く意外な事件が、足元で支持率を低下させているようです。それが日本学術会議問題。この問題については私も色々な機会に自らの考えを発信していますが、以下、簡単にまとめてみますと…、
・学問の自由をもって総理による任命の裁量権を否定するなら、他国のアカデミアのように政府から完全に独立した会費制による民間機関として運営されるべきではないか。
・もし、いまのように国費で運営される国家機関なのであれば、たとえ軍事研究はさせないとの名目であっても、学問の自由を弾圧するようなことはしてはならないのではないか。
・政府として学術会議にやってもらいたい研究活動があるのであれば、民営化することによって、それぞれ政策目的をはっきりさせた助成金を個別に出す形をとることができる。このほうが税金の使い方として透明で効率的である。
・もちろん、中国の科学技術研究に積極的に協力していることが「軍民融合」の中国の軍事力増強に貢献している一方で、日本の防衛省関係の研究を一切排除している学術会議は、この点で、国民の命を守り日本の国益を図るということにも全く逆行している組織である。
・だからこそ、そして学術会議が独立して職権を行使する人たちだからこそ、それにふさわしい人を任命するところに総理による裁量権を働かせてもらわなければ、民主主義は担保されなくなる。選挙で国民が選んだ時の政権が、その政権の方針に従って税金を使ってもらうというのが、主権在民の本旨のはずである。「学者の国会」だといっても、この方々を国民が選挙で選んだのではない。
・もう一つ大事なのは、中国への技術流出に歯止めをかけるための立法である。いくら民営化しても、国益に反することをやるのも自由だというわけにはいかない。それでは、もう一つのおかしな利権構造を生んでしまう。
・今回提起されたのは、実は、国家としてのガバナンスの問題である。
・GHQのもとで、GHQの高い関心のもとに作られた学術会議は、「戦後レジーム」の残滓の一つ。この際、その遺伝子やリベラル左翼の既得権を絶ち、真に学問の自由と国益を両立させる機関へと組み替えることも、菅総理がめざす「改革」の重要なメニューになる。
…同じ行革でも、こうした改革なら、国家観や理念と結びついた行革になると思います。
●なぜ成果を急ぐのか?…そして史上最強の長期政権に?
さて、菅総理が矢継ぎ早に個別改革の成果を急いでいるのは、解散総選挙を睨んでいるからだという説があります。ただ、菅総理は、まずはコロナ対策、そして経済再生と述べていました。この点について和田氏は、「解散総選挙の条件としてのコロナの収束については、コントロールできる状態ということを言っている。それは蔓延ではない状態。第一の前提は治療薬。アビガンの承認が出てくれば、速やかに承認するだろう。それが大きな収束の第一歩。ワクチンができれば本格的に収束。アビガンが判断材料の一つになる。」
アビガン承認があれば、最も早いシナリオでは、近く開かれる臨時国会で、いくつかの改革に目途をつけたことをアピールし、菅政権の全体ビジョンを示した上で、アフターコロナへの対策と経済再生のパッケージを掲げて11月に解散、12月6日の投開票、その後、直ちに、これらを具体化する補正予算と来年度予算を編成…の可能性なきにしもあらず。
ただ、自民党清和会系の議員たちが会食の場で述べていたのは、来年1月早々に通常国会を召集して冒頭解散を打つとのシナリオ。しかし、それだと予算の成立が遅れますから、政権の姿勢に対する国民からの批判を免れないかもしれません。ならば任期満了近くか…。
他方で、この会食の場でも出ていたのが、最近、安倍総理が活発に活動を再開しているという話題でした。毎晩のように各議員のパーティーに顔を出している…。彼らの口からは、いずれ安倍さんが再々登板する…とも。来年早々に清和会の会長になるとのこと。
「実は、安倍さんはとても元気なんですよ」。和田議員が対談収録後、私に明かしてくれました。どうも、新しい薬が効き始めたようです。これなら辞めなくてよかった、総理を続けられた…とお思いかどうか知りませんが、再々登板への期待に応えられるかもしれません。少なくとも、菅政権の特使として、安倍氏でなければできない外交に飛び回ることは考えられるでしょう。そうであれば、菅政権はやはり最強政権ということでしょうか。
もしかすると、和田氏が期待するように、「菅政権は国の全体デザインを憲法改正で描き、強力だった安倍政権に勝るとも劣らない強力な政権として長続きする政権になる」のかもしれません。彼が言うように、こうして「4年後には日本は相当変わっている」かどうか。もしかすると、そのときはまた安倍政権に戻っている…?
それよりも、近年、国民の意識は大きく変化しています。コロナがこれをさらに促進しました。こうした国民意識を十分に受け止めきれなかったこれまでの政治自体が果たして変わることができるのか…。4年後のその頃には、新しい軸が国政に台頭していることのほうを期待すべきなのかもしれません。
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