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異例づくめだった特別国会と強権政治から民主主義を守った参院野党の奮闘~今般の皇室典範改正の意義~

  • 執筆者の写真: 松田学
    松田学
  • 8月9日
  • 読了時間: 15分

更新日:8月9日

会期延長も含めて158日に及んだ長い特別国会が7月25日に会期末を迎えて終了しました。本来であれば「通常国会」であるはずの国会は今年は1月23日召集でしたから、そこから起算すれば半年の長きにわたる怒涛のような日々でした。その通常国会は冒頭で解散され、すぐに総選挙、与党が戦後の憲政史上初の絶対安定多数を得て2月18日から始まった特別国会は、特に会期末に向けて異常な展開となり、私も国会対応に追われるなか、本メールマガジンも6月上旬の前回からまた2か月のブランクを経ての配信となりました。


異常だったというのは、大政翼賛会的な衆議院の様相や、数の力に頼んだ高市政権の国会軽視の姿勢だけではありません。それに対抗して、与党が少数の参議院で野党が民主主義を守るべく徹底抗戦し、最後の最後まで「会期末」がいつになるか決まらないなど、これだけ先の読めない混乱ぶりを示した国会は例をあまり見ないものでした。


混乱を助長したのは、高市氏が総裁に選出された昨年秋、公明と袂を分かった自民を連立で救った維新に対して高市氏が強い恩義を感じ、総選挙で多数を取り戻したあとも維新との連立合意を最優先する国会運営が終盤に目立ったことでした。これには自民党内からも大きな反発。それでも国民的人気の高い高市総理には歯向かえない多くの自民党議員が自らの本音とは異なる行動を強いられたことで、結果として維新に振り回された国会に…。


一つは、衆院の議員定数を比例だけ45削減する定数削減法案。「身を切る改革」という維新のテーゼは耳に聞こえはいいですが、全く意味不明です。イタリアでは定数削減が大失敗だったと、今年1月の同国国会への訪問で伺いました。本来、日本をどんな国にし、そのためにどんな政治を創るのかという本質論を踏まえて議論すべきなのが選挙制度の在り方。定数削減はその結果として出てくる話。えいや、で決めるものではありません。


そもそもAかBかの二項対立という日本の風土に合わない二大政党制を前提とした衆院の現行の小選挙区制度は、「民意の集約」というメリットはあるものの、今年の総選挙の極端な結果にもみられるように、得票数と獲得議席数との間に大幅な乖離を生むものです。少数野党も議席を得られる比例代表制は、「民意の反映」により、その欠点を補うもの。


私は参政党の参議院会長として全党派から成る参議院改革協議会のメンバーでもありますが、そこで私が主張しているのは、参院は全て全国比例にすべきだということです。


参政党もそうでしたが、価値観が多様化したこんにち、特定の理念を掲げる政党の支持者は全国におり、全国ベースでは当選者が出せる比例の仕組みを通じて国政政党へと進出できることが新興の政治勢力を育て、国会に新しい民意を注ぎ込むことになります。また、参議院議員は全国民の代表ということになり、中長期的な国家的見地から審議をする場として、衆院のカーボンコピーとも言われる参院に独自の存在意義を生むことにもなります。


与党が用意する定数削減法案で得をするのは正に自民と維新。衆院ですんなり可決された本法案に対して参院では野党が審議を拒否し、それに対抗して維新を中心に与党から、国会の60日会期延長の話が出てきました。会期は与党多数の衆院だけで決められます。衆院で成立した法案が参院で採決に付されなかった場合、会期内であれば60日経過すると衆院が3分の2の再可決で成立させられます。これでは参院の存在を否定する強権政治!


本来、議会の選挙のことは議会が主導すべきもので、時の権力が主導するのは、選挙の仕組みを変えていくことで独裁体制を築いたヒトラーのようなもの。悪しき前例になります。ここは民主主義を守るべく参院が抵抗したことで本国会では先送りになりました。


その次に出てきたのが「副首都法案」。これは維新が三度目の大阪都への挑戦を国と連立相手の自民の力を利用して果たそうとする、正に我田引水の法案。首都機能のバックアップといっても、その中身は生煮え。定数削減の先送りの代わりに、こちらは本国会で成立されねば維新との連立が崩れる…このことを最優先した高市官邸は、これに抵抗する参院野党を前に、この法案の参院審議のためだけに、17日までだった会期を8日延長しました。


それでも採決を拒否する野党に対するブラフとして、今度は衆院再可決のために65日の会期再延長を高市官邸は持ち出し、本来は延長国会の実質的な会期末だった7月24日は、それでも採決を拒否する野党との間で膠着状態に…この日の正午に予定されていた本会議も、会期末処理のための各委員会も、会期再延長ありうべしで全てストップしました。


与党が付帯決議や答弁で野党と一定の妥協をしたことで本法案の委員会採決が決まり、国会がようやく動き出したのは夜になってからでした。本会議で僅か2票差でこの副首都法案が成立したのは残念でしたが、その日の24時頃、ようやく特別国会が終了しました。


その日、国会が動き出すまで禁足令で議員会館に衆参全議員が待機していましたが、親しい自民党議員からは、会期延長など本音ではどの議員も望んでいない、もう維新に振り回されるのは懲り懲りだとの本音も…。会期終了後は自民党内は食品消費減税で紛糾しましたが、これも維新との連立合意での公約。党内手続きを踏まずに維新の方ばかりを向いている高市政権に対する党内の不満がマグマのようにたまっているのではないでしょうか。それでも近く予定されている内閣改造人事を前に黙ってしまうサラリーマン議員たち。


そんな特別国会でも、大きな成果を挙げた法案成立がありました。それは皇室典範の改正。批判も多い法改正でしたが、今回は以下、その意義について論じてみたいと思います。


●音楽の都ウィーンのムジークフェライン(楽友協会)の演奏会でチェロを演奏

ここでいったん、話は横にそれますが、会期末がどうなるかで私は個人的な事情でハラハラ続きでした。実は、クラシックファンなら誰もが憧れるウィーンの楽友協会大ホールで私がチェロを演奏する予定が7月27日とだいぶ以前から決まっており、現地では広告もなされていましたが、常任委員長である私は会期中は海外渡航ができない慣例があります。


7月17日の会期末が25日まで8日延長された時点で当初予定の21日渡航の便を26日に変更、それが更に会期再延長必至との話が流布していた7月24日は夜に至るまで、渡航そのものを断念していました。おかげさまでなんとか渡航でき、予定通り演奏もできました。


この演奏は、現地でチェロをレンタルした私、ピアニストである私の妻、オペラ歌手である私の長女、東大オケの同級生である友人が第二バイオリン、第一バイオリンとビオラとクラリネットはウィーン現地のプロ、それに雅楽の笙で私の次女も加わり、ショパンのビアノ協奏曲やオペラ曲など5曲を奏する室内楽が曲目でしたが、耳の肥えたウィーン市民の聴衆からも好評で、なんとか乗り切りました。


その後、ウィーンの方々と懇親の場がありましたが、私がいるため話題は自然と政治の話に…。移民政策について問われ、日本は欧州のようにならないよう移民を規制するのが我々の立場だと申し上げると、皆さん、それは絶対に正しい、と。ちなみにここオーストリアでは先般の総選挙で参政党と近い立場の自由党が第一党になっています。


●日本人として知るべき皇位男系継承の意味

話を本題に戻しますと、今特別国会の最大の成果は、憲法と同様、戦後改正されたことがなかった皇室典範が初めて改正されたことでしょう。私はこれを審議する参院特別委員会の委員となり、質疑や賛成討論を行いましたが、結党以来「天皇を中心にまとまる平和な国づくり」を綱領に掲げてきた参政党の結党者の一人として感慨深いものがありました。


党派を超えて合意したはずの「国会の総意」とは中身が違うなどと批判され、愛子天皇誕生を期待する国民世論とは反することから最近の高市内閣支持率の低下の一因ともなった皇室典範改正ですが、皇位の男系継承の基盤を安定化させた意義は大きいでしょう。


私の質疑の模様はNHKのTVでも生中継されていましたが、それを視聴した、参政党とは無関係の一般の方々の反応は、なぜ男系なんだ?どんな意味がある議論なんだ…?


戦後の日本では日本人として知るべきはずの知識がほとんど教えられていません。女性天皇と女系天皇との区別もつかない方々がほとんどです。しかし、日本が営んできた歴史や国柄を知れば、多くの方が皇位の男系継承の意味を理解するものと思います。


今回の国会では、左翼が批判する本法案のほかに国旗棄損罪も成立しましたが、こちらは「表現の自由を侵害する」として批判されてはいるものの、世論調査では意外と国民の反対は少ないようです。日の丸が破られたり×をつけられたりすれば不快な思いをする。それが日本人の普通の感覚ではないでしょうか。


参政党は日本人として当たり前のことを主張している政党です。世論調査でも堅調な支持率を維持しているのも、日本人として当然の正論を主張しているからだと思います。

ここでは以下、皇室典範改正について私が国会で行った賛成討論をご紹介します。多くの方に知って頂きたい内容だからです。


●皇室典範改正に対する国会での松田学の賛成討論全文

参政党の松田学です。私は会派を代表し、議題となっている皇室典範改正法案に関連して、賛成の立場で討論を行います。


参政党は令和4年の結党以来、「天皇を中心にまとまる平和な国をつくる」ことを綱領に掲げてきました。参政党が独自に策定した憲法草案の前文においても「天皇は、いにしえより国をしらすこと悠久であり、国民を慈しみ、その安寧と幸せを祈り、国民もまた天皇を敬慕し、国全体が家族のように助け合って暮らす」としております。


天照大神(アマテラスオオミカミ)以来、日本の皇室は例外なく父親の血筋、すなわち男系で皇位を繋いできました。天皇が祭祀王(さいしおう)として国民の安寧を祈る存在であり続けられるのは、神代からの神聖な血統を継承しているからであり、女系の容認は、この文化的根幹を壊すとともに、天皇家の血統が父親の代で変わるため、古代からの連続性が失われ別王朝になるとされてきました。皇室について、こうした、いわゆる易姓革命の立場を採らないのが、2686年にわたる日本の伝統です。


一つの血統で男系継承を維持してきた国は他にはなく、この比類なき伝統こそが日本の国柄であり、過去、現在、未来へとつながっていく日本の国の一体性を示すものであって、これを時の政治判断に左右されて変更すべきではありません。我々参政党は、天皇が天皇である所以は、このように、古来より絶えることなく連綿と続いてきた万世一系にあると考えています。日本の国会議員には、この日本独自の誇りある伝統を後世に引き継いでいく責務があると考えます。


どの国にも、それぞれの国の国柄や国のかたちを示す独自の国体がありますが、日本の国體とはすなわち天皇であり、天皇とはすなわち男系継承であって、これを守ることは日本を守ることと同義です。


そのため、私たちの祖先は天皇の男系継承を守るべく大変な努力を重ねてきました。

一例が、江戸時代の新井白石による閑院宮(かんいんのみや)家創設です。当時の皇室は財政難から、皇太子以外の皇子(おうじ)は出家するのが慣例でした。高名な学者であり「正徳の治」でも有名な新井白石はこれを目の当たりにし、皇統の断絶を危惧して、6代将軍徳川家宣に進言し、幕府の資金による閑院宮家創設を成し遂げました。そのおかげで約70年後、第118代後桃園天皇が急逝し男系男子が途絶えた際に、この閑院宮家から第119代光格天皇の即位がかないました。令和の今上天皇が、この光格天皇の皇統を受け継いでいることからも、白石の功績がいかに大きなものであったかが分かります。


さらに時代をさかのぼると、6世紀初頭にも皇統断絶の危機がありました。第25代武烈天皇の崩御で途絶えた皇統を継ぐために、第15代応神天皇の5世孫、男大迹王(おおどのおう)が遠く越前、現在の福井県から迎えられ、第26代継体天皇として即位しています。遠く越前で過ごされていた5世孫の男大迹王(おおどのおう)をお迎えしてでも、男系継承を貫くことを是とした先人たちの努力と執念には頭が下がります。


我が国の歴史上、皇統をめぐって日本の國體とはいかなるものかを最も象徴的に示したのが奈良時代末期の宇佐八幡宮神託事件とされています。当時、天武天皇につながる男系継承が途絶えそうになったとき、時の権力者であった弓削道鏡(ゆげのどうきょう)に皇位が譲られそうになり、朝廷により宇佐八幡宮に派遣された和気清麻呂が、「皇位には必ず皇族を」という神託を受けてきたことで、弓削氏への王朝交代が辛うじて阻止されました。そののち、皇位は天智天皇の孫である光仁(こうにん)天皇へと受け継がれました。


日本の歴史上、8名10代の女性天皇がおられましたが、この方々もすべて父方に天皇がいる男系の女性天皇で、男系男子承継を目的として、その「つなぎ」として即位されました。そして、いずれの女性天皇も天皇ご即位以降は独身を貫かれました。


こうした先人たちの皇統を守り抜くための努力と思いを私たちは無に帰することはできません。


令和3年に召集された有識者会議が令和4年に提出した報告書には、天皇陛下から秋篠宮さま、悠仁さまという「皇位継承の流れをゆるがせにしてはならない」と明記されており、当時、菅義偉前首相は、本報告書について「男系継承を明確に打ち出した。方向性を示していただいた。国会で進めていく」と発言しています。


これを受けて、令和6年から令和8年にかけて合計10回の全体会議が行われ、「国会の総意」がとりまとめられましたが、いつの間にかその趣旨が「安定的な皇位継承」から「皇族数の確保」へと変化していました。


しかし、今、安定的な皇位継承のための皇室典範の改正こそが必要です。それは、皇位継承順位第2位である悠仁親王殿下に将来、男子がご誕生になれば皇位の安定継承が解決するということではないからです。今のままでは、悠仁親王殿下が天皇陛下として即位される頃には、同世代の男系男子が悠仁親王殿下しかおられなくなることを深刻に考えなくてはなりません。これは2686年の皇室の歴史の中でも大きな危機だからです。


そして今般、政府から皇室典範改正法案が提出されましたが、これは、本年6月の「国会の総意」の文言をそのまま法文化したものといえます。この「国会の総意」では、旧宮家男系男子が皇室に養子に入り得ることが合意されましたが、このことを規定する第38条を設けることによって、その養子が結婚してもうけられたお子様が男子だった場合には、現行の皇室典範第1条と第2条により、皇位継承権があるということになりました。皇位の男系継承がより安定的なものとして確保されたことを高く評価したいと考えております。


また、内親王・女王がご結婚後も皇族の身分を保持されることについては、その配偶者や子が皇族とならないことが明確でなければ、この改正がいずれ女系天皇の誕生につながり、日本の国體が崩れることが懸念されておりました。しかし、現行の皇室典範には「皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない」と規定する第15条が存在することで、今般の改正によって前述の懸念が強まることにならないことが明確になりました。


これらが「国会の総意」を条文に落とし込んだことに伴う必然的な結果であることは、すでに政府が説明しているとおりです。


本年1月、福山哲郎参議院副議長率いる各党の参議院議員が、日伊外交関係樹立160周年に合わせてイタリアの国会を訪問した際、イタリアの重鎮議員から「いま、世界秩序が激変し、分断へと向かう中にあって、日本が長い歴史を通じて営んできた和と調和の価値観の重要性がますます高まっている」とのお話がありました。西洋文明が行き詰まり、新たな文明のあり方が模索されている昨今の世界にあって、これからの地球文明をリードする模範として期待される日本独自の国柄や価値観は、天皇のもとに私たち日本人が長い歴史を通じて受け継いできたものです。


我が国における天皇の存在とその役割、男系皇統を守るために我々の先人たちが並々ならぬ努力で積み上げられてきた歴史的な重みを、令和の現代を生きる日本国民ひとりひとりが知り、男系によって皇位を安定的に継承していくことは、日本にとっても、そして世界の平和的な秩序の確保の上でも極めて重要です。私たち参政党は、今後もその重要性を広く訴え続けてまいることを申し述べ、賛成の討論とさせていただきます。

ご清聴ありがとうございました。

 

…よく、DNA鑑定などできないのだから男系継承と言っても本当かどうかわからない、現在の男女平等の考え方に反するのだから時代に合わせて男系継承も見直すべきだ、国民的な人気がある愛子さまを天皇にしてこそ皇室は国民から支持されるものとなる…等々の議論が聞こえてきます。


しかし、そもそも人間社会は共同幻想で成り立っています。言語、法、貨幣がその代表的なものと言われています。それらはいずれも、みんながそうだと思うから、一定の意味をあらわす言葉であったり、法が守られたり、貨幣が受け取られたりするもので、こうした一種の自己循環論法で成り立つものが社会の秩序を支えています。


神話の世界からずっと男系でつながっている皇位というものも、世界に類例のないアイデンティティと誇りと社会の安定をもたらしてきた一種の共同幻想といえるものかもしれませんが、こうした共同幻想を共有できる国民は世界に類例のない幸福な国民だと言うこともできるのではないでしょうか。


今後、皇室典範については更に様々な議論が行われる可能性がありますが、私たちが忘れてはいけないのは、先祖が長きにわたって守り抜いてきた伝統を守ることの大切さだと思います。一本、縦の筋が通っている社会である、だから、そこに様々な横筋を通しても全体の調和が保たれ、安定の中に多様で多彩な社会が生まれる、これが日本が営んできた国柄の基本にあるのではないかと思います。

 
 
 

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