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  • 執筆者の写真松田学

所信表明演説が示す対中包囲網「不言実行内閣」の真実~学術会議は「世直し内閣」で~

先週の10月26日から臨時国会が始まり、同日、菅総理が所信表明演説を行いました。ただ、大きな国家ビジョンが出る、スガノミクスもあり…側近の和田政宗参議院議員の期待は見事に裏切られました。個別の施策を並べただけ、具体策はあるが小粒すぎる、随分と素っ気ない、短冊つなげ、体温が低い、何も感じられない…。そんなコメントが続々…。


日本を取り戻す!で始まり、3本の矢、新しい国づくり、一億総活躍…勇ましい言葉が次々と飛び出すレトリック巧みな安倍前総理とは対照的ですが、菅総理が実際にやっていることをみると、どうも、この政権は「不言実行内閣」なのかもしれません。先般のベトナム、インドネシアへの初外遊などは、これ以上の中国包囲網はないのに、「反中」という言葉を断固否定。菅政権は凄まじいことをやっていると、江崎道朗氏が見抜いています。


国会論戦では早速、野党が日本学術会議問題の追及を始めていますが、これも「総合的、俯瞰的」にはずいぶんと深い意味があるようです。だったら、「国民のために働く内閣」ではなく、やはり「世直し内閣」のネーミングにしてほしかった…。


●素っ気なかった所信表明演説~グランドデザインなき個別改革で国民のために働く内閣

「わが国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします。」今回の所信表明演説の目玉は、これだけだったかもしれません。新しい経済成長へ向けて技術革新の号砲を鳴らしたものとして、報道でもこればかりが注目されていました。EU諸国はすでに2050年で実質ゼロ、中国も2060年と宣言、日本は曖昧でしたが、やるとなると莫大な投資が必要。ハードルは高く、産業界はフロンティアへの挑戦を強いられます。


他方で、今回の演説から菅政権の小泉内閣との類似性を指摘する見方も出ています。「行政の縦割り、既得権益、あしき前例主義の打破」…「改革なくして成長なし」を掲げた小泉総理の最初の所信表明演説は「聖域なき構造改革に取り組む『改革断行内閣』」、「痛みを恐れず、既得権益の壁にひるまず、過去の経験にとらわれず」でした。しかし、流行語大賞を受賞した小泉氏の「米百俵」のようなブームを起こす言葉は一切無し。社会に大きなインパクトを与えるはずの行政のデジタル化も規制改革も同演説では個別すぎて、どういう日本社会の姿を描くかというグランドデザインを示さないと頓挫する危険性があります。


安倍総理の演説は私も本会議場で何度も聞きましたが、「…しようではありませんか!」の度に与党席から拍手と歓声。そんな風景は今回はほとんどなく、野党にとっても「のれんに腕押し」でヤジも飛ばしようがなかったとか。


そして出てきたのはまた、「目指す社会像は、『自助・共助・公助』そして『絆』」!「…政府がセーフティネットでお守りする。そうした国民から信頼される政府を目指します。」、「そのため…規制改革を全力で進めます」。論理的なつながりのわかりにくい演説の締めくくりでした。最後に、「国民のために働く内閣」。そもそもそうでない内閣などあり得ず、どのように国民のために働くのかを示さないとトートロジーでしょう。「世直し内閣」という私の提言?を和田議員はちゃんと伝えたのでしょうか。「世直し内閣」なら、学術会議も世直しの対象に十分になります。


注目された対中国韓国外交スタンス、「健全な日韓関係に戻すべく、一貫した立場に基づき適切な対応を強く求める」。今年1月の安倍総理の施政方針演説にあった「基本的価値を共有する」、「未来志向」との文言は消え、善処だけを求める内容となったことで、韓国側には日韓関係は安倍政権の時より悪化するとの声もあるようです。これに対し中国については「安定した関係」、「連携」…中国側は好意的な受け止めで、菅政権歓迎のようです。


●「反中」と言わないのは実効ある中国包囲網のため

ただ、この演説で注意すべきなのは、安倍前総理のときに2016年にはインド太平洋「戦略」と言っていたのが、18年には「構想」となり、今回は「インド太平洋」と、これも素っ気ない地理の名称に変わったこと。これが実は、本格的に対中包囲網を実行するための布石であることが重要です。石破氏が提唱した「アジア版NATO」を菅総理が反中包囲網になるとして否定したことを保守派は批判しているようですが、とんでもありません。

日本政府が着々と進めている施策について無知なまま、言葉だけが勇ましいのが愛国保守なら、空回りになります。そうならないよう、以下、江崎道朗氏の言葉を借りると…、


「なぜ菅総理は最初にベトナム、インドネシアだったのか。大統領選でトランプ、バイデンどちらになっても日本は対応できなければならないが、では、なぜトランプが安倍総理を評価したのか。それは、対中国を考えるとインドとアセアンを巻き込む必要があるから。しかし、インドと米国は関係が悪く、アセアンは米国が大嫌い。マレーシアも米国大嫌い。インドネシアも基本的に米国嫌い。ドュテルテも米国嫌い。みんなそうである。」


「とりわけインドはモディ首相。与党はBJP。これはナショナリズムが強く、核武装に踏み切った政権。そのとき、経済制裁を米国から食らった。中国に対抗するためだったのに。そこでナショナリストはみんな反米になった。BJP系のインドにとって米国は信用ならない国。日本に対しては親近感。中国と紛争を抱えていても米国とは組みたくない。」


「マレーシアは通貨危機でやられた。米国の金融資本は嫌。インドネシアはイスラムの国。無神論の中国はいやだが、十字軍は嫌い。ベトナムはベトナム戦争でやられた国。タイ以外は対中包囲網を米国が言っても乗らない。アセアン、インドシナ諸国の状況を日本人は知らない。韓国中国には関心持つが。政治家も突っ込んだ話をこの地域とはしない。」


「米国はやりたくても、できない。インド太平洋は安倍氏のイニシアチブ。彼らを仲間に引き込むことができるのは日本だけ。だから米国は、これに乗るしかなかった。彼らは日本が言うなら乗ってもいいかなとなる。アジア太平洋を味方につけるとき、日本が重要なのはトランプもバイデンも同じ。」


「菅総理はまずポンペオ国務長官との会談で日米同盟を固め、東京で日米豪印の『クアッド』会議、そしてこの両国を訪問…と戦略的な外交。この地域では『力によらず』と述べ、名指しは避けつつ中国の南シナ海進出をもろに批判。中国側は沈黙。これは、米国にとって必要なことをわかっており、やっているという両大統領候補に対するメッセージ。」


「実は、日本が『反中』と言ったとたんに東南アジアは日本と組めなくなる。中国からの報復が怖い。日本と違って彼らは小国。日本は中国に対して結構平気だが、彼らは違う。」


「インドネシアのジョコ大統領は、『インド中国対等外交』。同国では金融とサプライチェーンを華僑が握っており、これは中国に国が牛耳られている状態。これへの対抗としてインドと手を組むという基本政策。中国を批判しない代わりに、インドを巻き込む。日本が『反中』と言ったとたんに、米中対立に巻き込まないでくれ、となる。」


「インドも、中印国境紛争の仲介をトランプが働きかけても、モディは即、拒否した。どことも同盟関係を結ばない国。アジアの覇者は自分だと思っている国。」


「保守派の人たちは反中と言うことのほうが大事だと思っているようだが、反中包囲網と言わずに、実質的にこれら国々を取り込むことが大事。」


●菅総理のベトナム・インドネシア訪問はクアッド(日米豪印)の起動と一体

「菅総理が10月19日に中国をやんわりと批判した同じ日に4つのことが同時に起こっている。いずれも10月19日と20日。」以下、江崎氏が挙げるのは…、


[その1]米国海軍と日本の海上自衛隊と豪州海軍が南シナ海で合同演習。これは菅総理が言っていることを米国と豪州は全面的にバックアップしているとのメッセージ。菅さんは米国と豪州と日本の各国の軍まで連れてきている。菅は口先の男ではない…となる。


[その2]まさにこの日、インド国防相が、日米豪で毎年行っている合同演習に今年はインドも入るとの声明を発出。マラバールというインド洋での合同演習をやる。近年、中国軍がインド洋に来るようになっている。これをけん制する能力はインドにはない。インド海軍の能力構築をやってきたのは日本と豪州。これからはODAという経済支援ではなく、軍事と治安組織、テロ対策でもやりますと、安倍前総理がインドに言っていたもの。


[その3]岸防衛大臣が豪州国防相と会談。今後は豪州海軍も守る。日本の法制で整った集団的自衛権の枠組みを、日米から日米豪へと発展させた。これも10月19日。


[その4]その翌日、これらを受けて、米国のビーガン国務副長官がクアッドに触れて、今後、定例化して公式化すると表明。


江崎氏によると、これら4つは全部つながっており、菅総理の外遊に合わせて米豪印が一斉に動いているもの。そういう状態の中で対中国の戦略的枠組みができていることを見事に示したとしています。ベトナムから見ても、日本は日本だけで来ているのではなく、この枠組み全体で来ていることになります。日本のメディアはこれらをバラバラに報道していますが、実は、大変大きな話。菅総理は外交音痴…?実際に動いている現実をみたほうがいいでしょう。日本の外務省や防衛省も、インドなどと凄まじい積み重ねをしています。まさにDIME(外交、インテリジェンス、軍事、経済を一体的戦略的に遂行)が起動しているといえるかもしれません。この体制を構築したのも安倍前総理の大きな成果です。


●ついにDIMEを動き出させた日本政府

その事例として、江崎氏は以下の事例を挙げています。それはベトナムの首相に菅総理が話した内容。解決しましょうとした案件が12事項もあるそうです。例えば…、


[1]裁判制度。ベトナムは共産党政権なので裁判が独立しておらず、日本企業が進出してもつかまってしまう危険性。安心してベトナムに進出できるよう。裁判制度を改善。共産党による不法な逮捕や嫌がらせをしない。法の支配を徹底する。


[2]公安。法執行の面でも、日本人をスパイとして取り締まったり、いやがらせをしたりしないよう、両国の警察公安が連携する。


つまり、中国と立ち向かう国だからベトナムは日本の味方だというような単純な見方はしていないということです。一党独裁の改革をしないと、良い関係は難しいということを押さえる。ベトナムとしても中国に対抗するためには、日本と、そのバックにいる米豪が必要です。それを得たいなら、裁判制度と警察を改革せよというのが趣旨。これまでの日本の外交のような、なんでもいいからお金を渡すような愚かなことをしない…。


[3]港湾。サプライチェーンの問題。日本の生産拠点を中国から日本だけでなくベトナムなどにも移していく。問題になるのは、一党独裁ゆえに規制が多いこと。港の整備だけでなく、物流インフラも整備してあげます、それなくば、生産拠点を日本から移せない。


[4]工業団地や発電所。それらの整備に日本は協力。日本企業が拠点を移せるような環境整備に協力するのだから、いやがらせはやめよ。ベトナムの経済も大きくなる。WinWin。


[5]防衛装備品。これは軍への支援。ベトナムは全てロシア製で、米国製を買わない。装備品とは、それを扱うノウハウと一体。軍事顧問団として日本がベトナムに協力する。


以上は全て理にかなっているといえます。ここまでやっても、菅さんは反中ではない?


安倍前総理のもとで国家安全保障会議(NSC)と内閣国家安全保障局(NSS)、そしてNSSには経済班が設置されましたが、上記に関するシナリオを作っているのは経済班。今回関連しているのは外務省以外に、法務省、警察庁、国交省、経産省、防衛省…各省庁霞が関挙げてベトナムの取り込みに一体的に動いている姿が明確です。


反中か親中かなどと言っているうちに、日本政府はもうすでに先を行っています。それを踏まえずしてリアルな議論はできないでしょう。第二次大戦後、戦略性をすっかり喪失していた日本が、ここまで来た…。今後、習近平の訪日の是非を含め、中国に関しては色々な議論が出てくると思いますが、日本政府が冷静に「不言実行」で進んでいることを、頭のどこかに置いておくべきだと思います。


●元防衛大臣が実感する安倍政権による変化~特定秘密保護法と平和安全法

菅総理の所信表明演説には「経済安全保障の観点から、政府一体となって適切に対応」との文言があります。経済と安全保障を一体とした戦略を遂行する。これが現実にできる体制を構築した安倍政権の成果がいよいよ、日本の外交政策に反映され始めています。うち安全保障については、安倍政権で二度、防衛大臣を務めた小野寺五典衆議院議員が、これも松田政策研究所チャンネルでの対談で次のように述べています。


「一度目の防衛大臣の時は特定秘密保護法ができておらず、法律を作る担当大臣だった。二回目の大臣の時はできたあと。比較すると、入ってくる情報が格段に厚くなった。それまでは秘密を保護する機能がなかった。海外の情報機関としては、提供した情報が外に出たら困るので、日本には言わないでおこうとなる。それが機微な情報も入るようになった。北朝鮮やテロ情報も、入るものが変わっていた。」


「平和安全法制については、戦争になったら日米が共同して対処ということが日米安全保障条約。しかし、実戦に備えた平時からの訓練はできなかった。これは、消防団が火事が起きるまで深い訓練ができないなら、いざというときに役に立たないのと同じ。一緒になって守り合う訓練が普段からできるようになった。」


「自衛隊を災害救助で海外に派遣する準備も日ごろからできるようになった。以前は、派遣の直前の付焼刃的な訓練だった。その法律がないので、訓練できなかった。訓練が自由になり、それが自衛隊員の安全も高めることになった。大臣としても大切なのは、日ごろからの訓練でいざというときに安全であること。」


つまり、防衛大臣を二度やったからこそ実感できるのは、日米同盟が情報面でも実戦面でもようやく機能するようになり、自衛隊員の安全も高まったということで、以前と現在では大違いだということ。ただ、残された多くの課題があり、菅政権の役割はそれらを解決することだとしつつ、現下の重要問題の一つとして挙げたのが日本学術会議問題でした。


●日本学術会議に対する「総合的、俯瞰的」の言われざる意味

「もともと学術会議自身に問題がある。自分は研究者の一人だったが、かつては各分野の学会から、メンバーはどなたが良いかという打診があり、各分野の代表がメンバーになり、それが総理に推薦されていた。ところが、しばらく前から、現在のメンバーが推薦者を出すようになった。そこで、科学技術分野でも経済学などでも、新しい理論や分野が次々と出てきても、その分野の大家や先生は学術会議にはおらず、そういう分野の人がメンバーに入ってきづらい。自分の弟子を推薦となると、既存の分野の人が入ってきてしまう。」


「政治家は二世三世だと批判されているが、二世三世でも選挙を経なければならない。既存のメンバーによる推薦だと、同じ色合いの人たちにばかりになる。今回の6人の人も含めて、人文科学系で自衛隊を合憲と言っている人たちは学術会議メンバーにはあまり見当たらない。平和安全法制もそうだ。ここは、違う意見が入ってバランスをとるべき。国民としては、賛否は半々なはず。」


「将来の技術を進める若い人を入れるべき。『総合的、俯瞰的』とはそういうことではないか。議論が矮小化されている。良い方向に改革していだたきたい。」


真意をあまり語らない菅総理に代わって、個人的意見としつつも、小野寺氏がわかりやすく語ってくれたということでしょうか。国家観のある世直し改革をしてほしいものです。


●霞が関全体を諜報機関に~海外勤務こそが最大の激務の場

先端技術をめぐる米中デカップリング抗争のなかで「踏み絵」を踏まされる日本の経済界はどうすればよいのかという論点についても、小野寺氏は興味深い発言をしています。


「省庁総動員で政府が情報をとり、米国や中国からの制裁措置の発動などを未然に防ぐしかない。官僚は海外勤務でハクがつくとか暮らしがよいという話もあったが、これからは優秀な人が海外での情報収集の役割を担うべき。今とは逆に、本省で国会対策で骨を休めて、海外では必死に働いていただく。情報をとるために邁進してほしい。」


私の経験でも、各省庁の官僚にとっては海外の大使館などに出向するときが命の洗濯のときでした。これからは国会で政治家に振り回されるのは適当にあしらって、本業は各国からの情報収集…。確かに、優秀な人材の活用とはそういうことかもしれません。


前述のDIMEのもとでのオール霞が関体制も併せて考えれば、世界がデカップリング状態に移行していくからこそ、霞が関全体が戦略諜報機関になることが時代の要請だといえるでしょう。これを軌道にのせることこそ、歴代最長の官房長官として霞が関を束ねてきた菅総理にとって、持ち前の実力を発揮すべき最大の使命だといえるかもしれません。

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