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  • 執筆者の写真松田学

ゴーン被告の逃亡、空白の9日間~国の主権を守る意思を

2020/01/14

お正月から最も人気のあったテレビ番組といえば、カルロス・ゴーン主演のサスペンス劇場?だったかもしれません。私もテレビ取材で、探偵ポアロの如く、国外脱出の手口の推論?をする羽目となりました。今回も「元成田税関支署長」の肩書で、今度はテレ朝のモーニングショーで放映されました。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

●脱出の手口と国境のチェック体制は…? まずは、なぜ脱出できたのか?日本の国境でのチェック体制は?当初は楽器を入れた木箱とされましたが、私のようにオーケストラをしている者は、コントラバスを運搬時に入れる大きな木箱を「棺桶」と称しています。ゴーン被告はよくぞ棺桶入りにならなかったものだ…それがどうも、音響機器を入れる四角い箱だったということになり、2つの箱を持ち込み、一方を開けて見せたとの情報も。「もう一方の箱までわざわざ開けて見る必要はないと現場が判断したとしてもおかしくない」と私はテレビでコメントいたしましたが…。

空港でのチェックにはCIQ(税関、出入国管理、検疫)があり、荷物については税関のほかに保安検査がありますが、こちらは航空会社の責任で行われ、多くは民間の専門会社に業務委託がなされています。税関についていえば、ここ30年間で輸出入許可件数が3倍近くまで増えているのに対し、税関職員の増員は1割程度。そのもとで、迅速な通関と厳正な取締という相矛盾する要請にどう応えるか、現場の苦労は増す一方です。

そのなかで現物検査にも当然、優先順位がつきます。手荷物検査も入国のときには全員が税関職員と接しますが、出国のときに税関を意識する方はほとんどいないように、まず優先されるのは麻薬などの社会悪物品の流入から国内を守ること。輸出については、フッ化水素などの対韓国貿易管理措置でも知られるように、輸出許可を要する品目はチェックが必要ですが、すべての荷物を現物検査するとなれば、通関の現場は大混乱でしょう。

税関も保安検査も荷物をX線検査機器に通すのが通例で、コンテナ貨物の場合は税関が大型X線装置を通しますが、ゴーン氏が入棺?していた箱は、関空の現場の検査機器には入らない大きさだった…?各空港を綿密に事前調査した敵もさるもの。保釈金と併せ脱出劇にかかった費用は約20億円?、組織的対応ができるエグゼクティブはやはり違う…。

そう感心していて良い問題ではありませんが、そもそもプライベートジェットは、総理大臣が「世界一ビジネスしやすい国」を掲げる日本で、エグゼクティブたちが迅速スムーズに行き来できるよう、近年、急速に増えてきたものです。全量検査が物理的に不可能ななかで、税関検査にも特定の信頼できる業者は基本的にパスさせるAEO(Authorized Economic Operator)制度があるように、信頼できる相手は簡素化し、その分、調べるべき対象に検査を重点化させることで、前記の相矛盾する要請に応えてきたのが国境の現場です。

そのなかでプライベートジェット専用ラウンジの検査台は、盲点だったかもしれません。

●国際世論戦へと舞台は移った さて、レバノンで行われたゴーン氏の記者会見、期待?に反して抽象的、感情的で内容空疎なものでした。映画化も予定されているこのサスペンス物語は今後も展開が続くでしょうが、私たち日本人として考えるべき論点がたくさん提起されているように思います。

まず、ゴーン事件の係争の場が日本の法廷から、国際世論戦の場へと移行したことです。日本が国際情報戦・世論戦に弱い国であることは、従軍慰安婦問題でも示されてきた通り。弁護士が同席できない、拘束期間が長い、最初にストーリーありき、有罪率ほぼ百%、妻とも会えず、非人道的…日本の司法制度へのゴーン被告の批判には事実誤認も多いようですが、言論の自由?を回復した同氏の今後のプロパガンダが、日本があたかも前近代的で全体主義的な国であるかの如きイメージ形成に結びつけば、日本の国益上、大問題です。日本は外国人が活躍できない特殊な国との批判が、ゴーン逮捕の頃から海外で出ています。

もちろん、日本の検察の手法にも改革が求められるでしょう。かつて、無罪判決となった村木厚子・元厚労次官に対する不当な捜査も国民の記憶に新しいところです。特にゴーン事件の場合、有価証券報告書の虚偽記載について一部の企業会計の専門家から犯罪性をめぐる異論が出ており、特別背任についても会社としての手続きを経た支出の違法性に対する疑問の声が日本の国際ビジネスマンたちから出ていました。

国策捜査による無理筋の立件だった?との疑問を十分に払拭できるだけのエビデンスを、日本の当局が国際社会に示す必要がありますが、その方法が果たしてあるのかないのか…?確かに、日本の国民感情からいえばゴーン氏は指弾すべき人物ですが、けしからん論で人権が制約される国だとなると別問題。自由主義法治国家の名が泣くことになります。

もう一つの論点が、和を以て尊しとなす、何事も話し合いでの合意形成を大事にする日本の企業社会のあり方との関係です。ゴーン被告がかつて、日産の経営を見事に立て直したのは、しがらみのない外国人ゆえリストラ改革を断行できたから。大企業トップとして日本では異例の利得を享受していた同氏を批判するなら、その前に、ではなぜ、外圧ではなく、日本人自身の手による改革ができなかったのかを考えるべきでは…?

何事も平等社会の日本の大企業トップの報酬が国際標準よりも格段に低いことが、日本の生産性や競争力の向上を妨げてきた面、なきにしもあらずです。株主代表訴訟だけでなくさまざまなリスクをとってトップが大胆な決断ができるためにはどうすべきか。電子データ主導経済となり、データサイエンティストの争奪戦が起こるなかで、年功賃金も含めた日本の企業文化そのものが成長の大きな足かせとして指摘されるようになっています。

これまでの日本社会のメリットを活かしつつ、国際競争に勝てる人材登用の仕組みをどう構築するか。海外の人材を入れても、自分たちの都合の良いときはもてはやし、自分たちの掟に反したときは村八分、日本は身勝手な国だ、と思われてはまずいでしょう。

ただ、ゴーン被告の国外脱出そのものが日本人として絶対に看過できないのは、それが日本の国家主権に対する侵害だということではないでしょうか。拉致問題を始め主権侵害への対抗力を十分に示してこれなかった国が日本です。

●大事なのは国家主権への意識 ここで気になったのが、日本政府の9日間にわたる沈黙です。森法務大臣と東京地検がコメントを出したのは、大晦日の国外逃亡から9日経った、ゴーン被告の記者会見のあとでした。 国際情報戦の専門家である山岡鉄秀氏は松田政策研究所チャンネルで、少なくとも国外逃亡それ自体が日本の主権侵害なのだから、詳細が明らかになるのを待つまでもなく、その直後の1月1日にも、これが決して是認できない事態である旨、日本政府としてなんらかの意思表示を発信すべきだったとしています。確かに、世界中で報道されている本事件に対して政府はどう思っているのか?私もそれが見えない違和感を正月から感じていました。

今年はいよいよ憲法改正の議論が国会で進まなければならない年ですが、9条に「自衛隊を置く」と規定するのも、他国と同様、主権を守る国家意思を憲法上、明確にするためのもの。今回の事件は、国家主権という観点からも、ややもすれば、その意識が希薄な私たち日本人に対して問いかけるものが多い事件ではないかと思います。

ゴーン被告の国外逃亡が提起する国際世論戦の問題について、ご参考まで、情報戦略アナリストの山岡鉄秀さんとの対談をこちらからご覧いただけます↓ http://y.bmd.jp/bm/p/aa/fw.php?d=70&i=matsuda_seisaku&c=1898&n=XXXX

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