年明けの緊急事態宣言から始まり、年末にはオミクロン騒動と、コロナで明けてコロナで暮れようとしている今年2021年も、残すところわずかとなりました。私も新型コロナの正しい知識を少しでも普及しようと、専門家でもないのに予想外の啓発活動にまで取り組んだ一年となりました。前回もお伝えしたように、普通のコロナ風邪になってくれたオミクロン株が、来年早々には人類社会を正気に戻すきっかけになることを祈るものです。
この年末には恒例の予算編成も終わり、一般会計の総額107.6兆円の来年度政府予算案が12月24日に閣議決定、その前提となる来年度政府経済見通しも23日に閣議了解されました。この見通しでは、今年度は9月までの緊急事態宣言の影響で7月時点の見込み(プラス3.7%成長)より下がりましたが、プラス2.6%の実質経済成長率が見込まれ、来年度は今般の追加経済対策による1%程度の押上げ効果で、これがプラス3.2%になるとのこと。
GDPがコロナ前の水準に戻る時期は、これまで見込んでいた「今年中」から「今年度中」へと遅れたものの、来年度の実質GDPは556.8兆円と、過去最高になるようです。
リーマンショック前の2007年度のGDPは527兆円、その後09年度は496兆円と500兆円を切り、2013年度にアベノミクスで532兆円とリーマン前の水準を取り戻すのに6年かかりました。その後、2018年度には554兆円にまで増えましたが、今度は4年かけて、来年度にその水準まで取り戻すことになります。
来年度見通しの下押し要因として一般に懸念されているのは、相変わらずのコロナ情勢と半導体の供給制約とエネルギー価格の高騰。しかし、実は、日本経済の足を今後、長きにわたって引っ張りかねないのが地球温暖化対策であることは意外と認識されていません。
岸田政権も「デジタル」とともに「グリーン」を成長戦略に位置づけていますが、こちらは逆かもしれない…。このままでは、脱炭素が世界経済の大問題になる可能性が濃厚です。本年最後となる今回は、この問題を中心に経済問題を取り上げてみたいと思います。
●デフレ経済の日本で給付金を出しても…異常に増えている家計金融資産
いま、世界経済でいちばん気になるのは、米国で11月に消費者物価指数が前年比6.8%と、1982年6月以来の高い伸びとなったように、ここ数か月で台頭し始めたインフレ懸念です。ただ、日本のように人々がなかなかお金を使わないデフレ経済の場合はどうなのか。
インフレ問題の前に、まず、最近、少し興味深い数字が出た日銀の資金循環統計について触れてみたいと思います。これによると、今年9月末の家計の金融資産は1,999.8兆円と、2千兆円に迫るところにまで増大しています。
その原因は、株価の上昇に加え、コロナ対策で政府が配った給付金が貯蓄を押し上げていること。この家計金融資産の数字ですが、1,700兆円台から1,800兆円突破までに3年を要し、1,800兆円台から1,900兆円突破までも3年かかりましたが、1,900兆円台となった昨年12月末からわずか9か月でほぼ2千兆円ですから、増え方が異常です。今年3月末は1,946兆円でしたから、ここ半年で50兆円以上も増えたことになります。
給付金が消費に回らず貯蓄されるだけだという問題意識のもと、今回の追加経済対策でも10万円給付のうち半分は使途(及び有効期間)を定めたクーポンにしようしたのが当初の政府案でした。そもそも国債を増発して家計に給付したお金が貯蓄に回った場合、それは、財政→個人所得へ→貯蓄へ→銀行を通じて国債へ→国債から財政へと、お金がぐるりと回っているだけの姿になります。タコが自分の足を食べているようなもの…。
結果は、国債を増やして財政を悪化させ、将来の増税につながり、それが個人所得を減らして、増えたはずの貯蓄も減らす…。あるいは、日本の場合、対外純資産残高世界一を続けている国ですから、貯蓄が増えれば国内で投資などに運用しきれずに海外に回り、相変わらず外国を豊かにするだけになる…。
これがもし、給付金が消費に回るのであれば、財政→個人所得→消費→売上増→収益増→所得増→消費増…経済成長→税収増の形で財政へ、というお金の流れになりますから、財政を傷ませずに国民所得を増大させることになります。
●デフレ経済の原因は急激な人口減少…デジタル化とAI・ロボット革命が急務
国民がお金を使わないデフレ経済体質に加え、もう一つ心配なのが人口減少です。国の借金返済の原資も人口ですが、2020年国勢調査では日本の人口は1億2614万人で、5年前から約95万人減少しています。これは5年間で政令指定都市がほぼ一個消える計算。2100年には人口は6000万人程度と、現在の半分になり、1925年(大正14年)の人口5974万人とほぼ同水準へと戻ります。こうした人口減少は死亡数が出生数を上回ることによるものですが、団塊世代の後期高齢者入りで、日本は超高齢社会だけでなく「多死社会」に…。
2024年からは年間150万人以上が死ぬ時代になりますが、これは、日本の統計史上最大の死亡者数を記録したスペイン風邪のときの149万人を超え、統計が残らない太平洋戦争期間中の年間平均死亡者数に匹敵するとされます。戦争をしていないのに、戦争中と同等の人数が死ぬ国になる。コロナによる日本人死者数どころの数字ではありません。
しかも、これは約50年間継続し、2022年から2100年までで合計1億1576万人が死亡、生まれてくるのはわずか4728万人程度で、差し引き6850万人の人口が消滅します。
人口動態は避けたくても避けようもない未来。こうした長期展望がマーケットや需要面での長期的な成長期待を下方に屈折させていることが、日本のデフレの根本にあります。日本は人類社会未曽有の高齢化とともに、大国としてこれだけ本格的な人口減少を示している国は他になく、これが長期デフレをもたらしているという点でも「課題先進国」。
人口比率の高齢化も当面20年間は続きますから、この社会を支えるためには、一人当たりの生産性を大きく上昇させていくしか道はありません。しかし、近年の日本は他の主要国に比べて、一人当たりの資本装備の伸びが最も低い国です。岸田政権が移民政策に傾いていることに保守層が強く反対していますが、確かに、人口が減るからと言って移民の受入れに安易に頼ることには問題が大きいでしょう。
だとすれば、AIやロボット、ブロックチェーンの導入で、人々をルーティンから解放することで生産性を上昇させていくことが王道だということになります。IT化では日本は米中から大きく後れをとっていますが、米国の場合、それによって中間層の仕事が奪われるなど格差の問題が発生しているのに対し、人口がここまで減る日本の場合、AI+ロボット+ブロックチェーン革命による社会的摩擦が比較的少ないことはチャンスでしょう。
こうした諸革命の大前提は情報の電子化。まずはDX(デジタルトランスフォーメーション)こそが日本の喫緊の課題であり、最大の成長戦略だということになります。
●脱炭素という政治的要因がインフレの原因…温暖化対策にはやはり原発が不可欠
これに対して「グリーン」はどうなのか…。ここで以下、現下のインフレ問題に論を進めてみたいと思います。
財政大出動に金融大緩和…ポストコロナは日本も米国もどの国もが「高圧経済」の時代に入ると思いきや、米国など世界各国ではインフレが進行中です。物価が上がってしまったら、「高圧」どころではなく、圧力低下へとブレーキを踏まざるを得ないかもしれず、下手をするとスタグフレーションに…?
しかも、このインフレは資源価格の上昇という供給面からのものですから、タチが悪いかもしれません。しかも、ロシアのウクライナ侵攻が絡んでいます。中東戦争を契機とした1970年代のオイルショックと、その後の高インフレ、そしてスタグフレーションのときのような状況の再来か…?
問題は、米国FRBが悩んでいるように、このインフレが一時的なものなのか、持続的なものになるのかです。その見極めが大変難しいといえます。もし、持続的なものと認識されてインフレ期待が形成されてしまうと、当然、賃金引上げになりますから、通常であれば、インフレはスパイラル化していきます。
そうなるかならないかの分かれ目が、実は、地球温暖化対策。今回のインフレは、脱炭素という政治的要因が大きいといえます。その脱炭素は、先般のCOP26では石炭の削減などでフィーバーしましたが、現在のインフレそれ自体が、不安定な再生可能エネルギーへのシフトへと、事を急いでいることが原因だといえます。
脱炭素の重要性は否定しないとしても、そのやり方が問題。地に足の着いた現実的で、それこそ「持続可能」な脱炭素の手法を採らなければなりません。この状態が継続されると、脱炭素への移行に伴う膨大なコストアップ(国民負担)が常態化し、長期的なインフレ期待も生まれてしまいます。ポストコロナはスタグフレーションの時代なのか…。
このようにリアルに現実を直視すると、本当に2050年カーボンニュートラルをやりたいなら、答は、性急な再エネシフトではなく、原発活用しかないということに必然的になります。二酸化炭素を出さず、しかもエネルギー安定供給に最も資するのが原発です。早速、フランスなどが原発促進へと、舵を切り戻し始めています。
ここで大事なのは、仕組み上、事故を起こさない小型原発などの次世代原発であり、すでに欧米はそちらに向けて動いています。この技術を持っている日本は、国民生活の安定のために、早く原発トラウマから脱して、政治が勇気をもって国民を説得しなければなりません。日本の政治に鼎の軽重が問われる局面になりました。問題先送りが大好きな岸田総理に決断ができるのか…。
●石油ショック時よりも悪性のインフレか
この問題について、松田政策研究所チャンネルでは、過日、アゴラ代表取締役所長の池田信夫氏と対談をいたしました。以下、池田氏によると…
「日本でも企業物価指数9.0%の上昇は石油ショック以来。これに対して消費者物価指数は0.1%。米国の消費者物価6%台とは大違い。長持ちしないのでは?エネルギー価格、特に化石燃料が上がっている。電気代がかなり上がっている。これは供給インフレ。」
「1970年代に似ている。あの時の世界経済大混乱は石油だったが、今回は天然ガス。欧州でロシアからのパイプラインについて、ロシアが脅して値上げ。ウクライナについて文句を言うと、ロシアが脅す。欧州のエネルギー情勢が不安定。石油ショックも中東戦争がきっかけだった。今回もウクライナが大混乱につながるか…。」
「黒田さんがインフレ目標を打ち出したとき、日銀のバランスシートで国債は150兆円、今は500兆円。国債そのものの発行残高は1,000兆円。1971年は10兆円だった。今は日銀当座預金も500兆円で、当時とは桁違い。70年代とはバランスシートが違う。日銀当座預金の金利が1%上がると5兆円、日銀に負担が発生する。バランスシートで逆ザヤが生じる。国債の満期は順次来るから、いますぐではない。すぐ払うべき金利は日銀当座預金で発生する。ただ、日銀は自己資本が6兆円あるのでしばらくは持つだろう。」
「MMT(現代貨幣理論)の人たちは金利を知らない。彼らには金利がない。金利の上昇で国債の価格が下がり、1%だと50兆円の評価損になる。日銀が保有する国債は時価評価をしないが、問題は残りの500兆円の民間保有国債。その中でいちばん問題なのは銀行である。10兆円の評価損が出る。銀行に評価損が発生するという噂が流れた途端に取り付け騒ぎが起こる可能性がある。日銀の債務超過より、問題は民間だ。」
「白川前日銀総裁の回想録によると、1997年の山一破綻のときに、山一に日銀は数千億供給したが、1,000億円返せなかった。山一とメインバンクの富士銀行などに大規模な取り付け騒ぎが実際に起こっていた。それはメディアの報道管制でみんな知らない。当時はメディア管制で良かったが、今はネットで画面が流れたら…。」
「問題は、今のインフレが続くのかどうか。大事なのはインフレ予想を起こさないこと。70年代にフリードマンたち経済学者がそれを学び、『予想』が大事だとした。今度は悪性インフレになる可能性がある。」
●毎年5パーセントのコスト増とインフレ要因…次世代原発へのシフトを
「天然ガス価格を上げる材料を『脱炭素』で作っている。COP26で石炭とかガソリン車禁止と言っている。そもそも供給ショックは政治的に起こるもの。今回はロシアとウクライナの問題と脱炭素の問題。先進国は炭素税をかけて価格を上げると言っている。再エネシフトが十分にできない中での脱炭素。風が吹かない、お日様が照らない。エネルギー供給は不安定になる。それをもっとやろうとCOP26で決めてしまった。化石燃料に投資する業者から見ると、採算が合わない事業になる。当然、エネルギー価格は上がる。」
「長期的なインフレ要因は、わざわざ化石燃料を絞っていること。全世界の35%が石炭火力。これを削減となると、脱炭素という持続的なインフレ要因が発生する。70年代と比べても悪性インフレか。温暖化防止1.5度目標にいくらコストがかかるのか全然数字が出てこない。ようやく出てきた試算が毎年4兆ドル。GDPの5%のコストがかかる。これも毎年5%のインフレ要因を発生させる。」
「4兆ドルかけねばならないコストを、現在はゼロで考えている。その痛みを有権者が認識し、毎年5%コストが上がることを承知の上でのカーボンニュートラルなら良いが、幻想ではいけない。テスラの株価が上がっても、自動車の需要は下がる。日本では自動車産業の雇用は500万人。成長と脱炭素とは一致ししない。」
「2050年カーボンニュートラルを真面目にやるなら、原子力を真面目に考えざるを得ない。小型原子炉の話も出始めている。日立がカナダの電力会社から小型原子炉の発注を受けた。日本は小型原発の技術を持っているのだから、そろそろ頭を切り替えるべきだ。今はみんなの気持ちが切り替わらないが、2050年を考えると原子力の未来は明るい。原子力しかなく、しかも日本が技術を持っている。」
●金利の上昇は日本にとって致命的…どうする、金融政策
実は、インフレの問題は日本にも波及し始めています。総務省が発表した11月の消費者物価指数は前年比0.6%と、前月の0.1%よりも0.5ポイント高まっているだけでなく、携帯通信料が春からの格安プランの導入で、11月の消費者物価指数を1.48ポイントも下げており、通信料を除けば上昇率は2%を超えるようです。
インフレ目標2%が達成…?これに黒田日銀総裁がどう向き合うかですが、日銀が掲げている目標は、あくまで、継続的、安定的に2%を上回る状況になるまでは、現在の緩和政策を続けるというもの。恐らく、自らの異次元緩和政策の看板をそう簡単には取り下げないだろうという見方が成り立ちます。確かに、市場に8年以上も定着している現在の路線の転換は容易なことではありません。市場の思惑による金利の急騰が懸念されます。
前述のような日本の長期デフレ体質のもとでは、供給インフレも十分に価格転嫁ができず、企業収益の圧迫で賃上げもままならなくなり、さらに需要を低迷させることも考えられます。早く脱炭素政策を見直さないと、日本もスタグフレーションに…?
いずれにしても、現在の国際社会での喫緊の課題は、原発をもって再エネ原理主義を修正することだということになります。とにかく、長期的なインフレ期待が発生して金利が上昇していく事態だけは避けなければなりません。特に、ここまで国債を大量に積み上げた日本にとって、金利の上昇は致命的です。インフレが懸念されるからといって、日本は現在の金融緩和を転換できない袋小路に陥っています。
●答はやはり「松田プラン」にしかない
池田氏は矢野君(財務次官)の論文についても、こう述べています。「財政破綻とは何かの定義がないまま、『タイタニックが氷山にぶつかる』になっている。国債の金利で金融がどうなるという点が大事なのだか、金利のことは(市場に思惑を与えて)危ないので、財務次官としてあえて触れていないのか…?」
資金繰り破綻などない日本の財政について、もし「破綻」があるとすれば、それは金利の上昇によって金融機関の資産が棄損することでカネ詰まりが起こるという、かつての欧州債務危機時のタイプの経済混乱でしょう。そこまで矢野君が掘り下げなかったことに池田氏は好意的な忖度をしていましたが、そもそもそこまで考えが至っていないのでは?単純な財政再建論がもはや論壇では通用しない世の中なのですから、もし金利の話ができないということなら、財務次官としてそんな政治的発言などすべきではなかったでしょう。
経済財政論を真摯にすればするほど、やはり、金利の問題を小さくするデジタル円という出口を描く「松田プラン」が不可欠だということになると思います。
この構想に即して日銀保有国債を政府発行のデジタル円とスワップし、このデジタル円をマイナンバーと結びついた利便性の高い法定通貨として広く流通させることで、国債を金利のつかないマネーへと転換していく。こうした出口を想定しながら日銀が国債を買い続け、金利の上昇を抑制していくしか道はないものと思います。加えて、「松田プラン」は、ブロックチェーンの実装によるトークンエコノミーを普及させることで、日本のデジタル化を促進するプランであることも付言しておきたいと思います。
来年は、この松田プランが少しでも実現に近づく年になるよう努めていく所存です。
良いお年をお迎えください。
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