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執筆者の写真松田学

したたかな戦略国家へと脱皮しつつある日本~「米中戦争」激化のウラを読む~

いよいよ米中戦争か・・・。コロナを機に深刻化する「米中冷戦」は香港問題でさらにヒートアップしているかにみえます。では、米国と同盟関係にある日本はどうするのか。サプライチェーンの分断や製造拠点の国内回帰へと舵を切った日本は、中国と本当に手を切ることができるのか…。実は、米国が叩いているのは決して中国そのものではないようです。経済界が中国とはズブズブなのは、米国は日本以上。米国の本音は少し別のところに・・・。


かたや、コロナを奇貨として勢力圏の拡大に成功を収めているとされるのが中国ですが、いま世界で進んでいるのは、逆に、日米協調による中国と韓国の封じ込め。コロナを奇貨として中国を追い詰めているのはむしろトランプ政権であり、そこで決定的な役割を果たしているのが日本であることはあまり知られていません。このところネガティブな側面ばかりが目立つ日本も、いよいよ国際舞台で国家戦略を遂行できる国へと脱皮し始めたか・・・。


●中国市場で国益を確保したい米国の本音は共産党の改心にあり

まず、米国の対中政策の本音についてですが、トランプ政権の誕生で、それまで中国をパートナーと位置づけていた米国は、同国をライバルとして名指しで批判するようになり、米中新冷戦時代に入りました。ここで注意すべきなのは、中国と中国共産党政権とが区別されていること。米国の脅威はあくまで共産党政権であり、中国そのものの打倒ではなく、鄧小平の改革開放、自由主義の中国に戻れ、もう少し賢くふるまえ、法の支配と自由民主主義のルールを守れ、政策や統治のあり方を変えろ、というのが基本的なアプローチです。


本音はむしろ、米国が中国で国益を確保できるようにしてほしいということ・・・。松田政策研究所チャンネルでこう述べる江崎道郎氏の論を軸に、今回は以下、米中関係の真相を探ってみたいと思います。そこから見えてくるのは、いま米国が中国に要求していることは、かつて米国が経済摩擦に際して日本に要求していたことと本質的に同じ面があること。


つまり、中国の著しい軍拡は、不公正な貿易が原因というのが米国の見方のようです。中国の対米輸出が52~54兆円、米国の対中国輸出は12~14兆円、差額の40兆円の黒字はドルペッグで人民元の大量発行につながり、これが軍拡の財源となっている・・・。そこで、不公正貿易の是正で対米黒字を減らせと、かつての対日要求と同じ挙に出ています。


ここで挙げられている中国が黒字になる要因は、「3つのダンピング」。すなわち、①知的財産を盗む、②奴隷労働による中国人民からの不当な搾取、③環境・・・汚染物質の垂れ流しの規制にコストをかけない・・・によって中国製品が安価になることです。これらの不公正を正せば、中国はダンピング輸出ができなくなり、米国は中国のモノを買わなくて済む・・・。


しかし、米国の経済界は、さはさりながら中国のものは安いという立場。ここでトランプ政権に追い風が吹いたのがコロナです。米国に医薬品も、安いモノや野菜も入ってこない・・・。トランプはかねてから国内製造業回帰を進めていましたが、それがなかなか動かなかった。しかし、目先の利益に傾きがちな米国企業も、今回のコロナでは困り、目を覚ますことになる。米国人のコロナでの死者は11万人を超え、ベトナム戦争の比ではない被害が米国に発生しています。トランプが医療産業の企業幹部たちに、5兆円出すから戻って来いと要請したという話も・・・。日本が国内への回帰促進に第一次補正予算で講じた2,200億円の「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」とはケタ違いです。


●米国EPN構想と日米協働での対中韓「詰め将棋」のシナリオ

その米国が外交面で推進しているのがEPN(経済繁栄ネットワーク)です。


国際社会で中国にコロナの責任を問う声が高まるなか、日本としてはG7の場での結束を当初は考え、安倍総理も6月とされたG7に出席の意向を表明していました。そのカギを握るのは、対中スタンスがふらつき気味の欧州。私が官邸筋から聞いた話では、メルケルは「ドイツにはフォルクスワーゲンがあるので・・・」と、訪日時の秘密の食事会で述べていたそうです。やはりメルケルはG7出席を拒否。トランプがG7ではなく、9月にG7以外の国にも声をかけて首脳会議の開催を提唱したのは、EPN構想があるからでしょう。


これは、すでにファーウェイの排除を打ち出していた米国が、中国共産党の隠蔽体質がある限り、また今回と同じことが起こるとの国際社会でのコンセンサスを活かすかたちで、豪州、インド、韓国、ベトナム、アルゼンチン・・・等の諸国を引き入れ、先端技術を中国に渡さなくても済むよう、自前でやろうということを推進するスキームとされています。


EPN提唱と同時に、米国は米国製の製造装置を使っているメーカーはファーウェイに部品供給をしてはいけないとするとともに、システム半導体では世界シェアの5割を誇る台湾TSMC社に、アリゾナに工場を作ろうと呼び掛け、ファーウェイへのシステム半導体供給をしないよう働きかけました。こうなると、ファーウェイは5G事業が不可能に・・・。


他方で、トランプ大統領はフォックスTVで、日本の安倍とこの話をしたと述べたようです。日本も米国と同様、コロナで酷い目に遭った、中国共産党に対抗する国だと・・・。


追い詰められたファーウェイが求めることになるシステム半導体の調達先が、サムスン電子。ここならTSMCに匹敵する供給が可能です。そこでカギを握るのが日本。システム半導体の製造に必要なフォトレジストで、日本は世界のシェアの9割を占めています。あの対韓国貿易管理措置の対象となる半導体材料の3品目は、レジスト、高純度フッ化水素、フッ化ポリイミドでした。韓国のサムスンから中国は入れたいと思っているのに、サムスンはこれを日本から輸入しないとTSMCに匹敵するシステム半導体を作れない・・・。


トランプが当初、韓国をG7に呼ぶと言っていたのは、このことが関係していたようです。つまり、サムスン電子は幹部が汚職で捕まっており、文在寅の言いなり。その文大統領に、サムスンはファーウェイに売らないようにと、踏み絵を踏ませようとした・・・。韓国がフォトレジストを売らない日本をWTOに提訴したのは、こうした背景があります。文としてはG7には行きたい、しかし、中国にシステム半導体を売りたい。ただ、WTO紛争処理上級委員会は米国が人事面で2年前から機能停止させているので、対応できません。


この状況でトランプが打った手が、EPNに入るよう韓国に迫ることでした。ここで出てくるのが通貨スワップ協定。これで韓国に手を差し伸べようとしていない日本に代わって、米国がスワップ協定を3月に韓国と結び、その際に600億ドルを用立てることになり、現段階では、180億ドルが手当てされているようです。その返済期限が到来するのが9月。これを返済できない文政権は9月にどうするか。サムスン電子はファーウェイに売らない・・・とならざるを得なくなる。日米はジリジリと中国と韓国を追い詰めているようです。


●追い詰められる中国と日本のNSS

では、中国はどうするのか。ファーウェイは自前でシステム半導体を作る方向に行くでしょう。そのために、フォトレジストの会社を含め、その技術を持つ日本のメーカーを買収しようとする。日本政府は今年2月に改正外為法の適用対象企業を発表、この6月から動き出しています。中国系企業が、技術を持つ日本企業を買収できない仕組みを作りました。米国は2017年に国防権限法で、買収のみならず、取引もできなくしています。


そこで中国としては、自前での開発のために技術者を確保しようとするでしょう。ここでも米国はコロナを戦略的に活用しています。トランプはコロナ問題で、研究者を全て中国に戻しました。そして香港問題で声明を出して、もう入れさせない・・・と。中国人技術者が米国に戻るときには、PCを持ち込ませず、全部買い取っているようです。


日本政府では、内閣官房の国家安全保障局(NSS)が米中貿易戦争における技術漏出を防ぐ目的で、今年4月に「経済班」を設置。日本側も、どの会社がどんな技術を持っているかを徹底的に調査、チェックを始めました。中国政府や日本企業に対して、勝手に中国と取引すれば改正外為法で阻止するとの強力なメッセージを出しています。


ここで述べたような一種の「詰め将棋」が日本もできるようになったのは、NSSがあるから。これは省庁縦割り体制のままではできなかったことです。官邸主導で各省に睨みをきかせながら、安全保障の観点から中国や韓国に技術を渡さない・・・。


中国にとってのショックは、日本政府が第一次補正予算で国内への製造業回帰に予算をつけたことだったようです。米国の政策に安倍政権が連動することを宣言したものと中国は受け止めたとのこと。自民党にはあれだけ中国派がいるのに・・・と。この官邸の動きをサポートしているのが麻生氏や甘利氏。岸田政調会長のもとに今回、ポストコロナの研究会が設置されたのも、その目的は経済安全保障とサプライチェーンの全面見直し。


●白黒・ゼロ百の中国=悪ではなく、メリハリをつけた対中国戦略を

しかし、経済界には中国から離れられないという現実があります。これは多くの保守系論者たちが地団駄を踏んでいる点。カネと女で籠絡された財界人と自民党・・・とも揶揄されますが、実際のところは、14億人の巨大マーケットを完全に断ち切れないというジレンマに経済界は直面していると考えるのがリアルな見方でしょう。


実は、この問題は日本よりも米国のほうが深刻です。中国との貿易額は日本の2倍。親密度は日中よりも米中のほうが深い。だからこそ、公正な自由貿易を唱えつつ、知的財産でハイテクは渡さないが、ローテクやマーケットとしての中国を手放す気はありません。


米国はそこにメリハリをつけています。現実問題として、長年にわたって築かれてきたグローバルマーケットやサプライチェーンを、いきなり一瞬にして変えることは不可能です。ベトナムやインドと言っても、代替地としては無理が多く、特にメーカーとしてのインドは最低であるのに対し、悔しいことながら、中国は進出先としてそろっています。全てを切れないなかで、軍事に転用できるような最先端の技術は潰す。


日本の対中戦略も黒か白か、ゼロか百かではなく、こうしたメリハリにこそ答があるのではないでしょうか。戦略科学者の中川コージ氏によれば、選挙で正当性を得たわけではない独裁体制にとって何より大事なのは「面子」。これは民主主義国では政権支持率に相当するものだそうです。だとすれば、中国に対して守るべきものは何か、中国から取るべきものは何かを見極め、後者については習近平の面子を保つ配慮も忘れることなく、その見返りに取るべきものを取っていくしたたかな戦略も必要ではないかと思います。


中国=悪、の勧善懲悪的な単純な発想では、いつの間にか欧州勢や米国勢に、14億人マーケットの経済的チャンスをさらわれる危険性なしとしません。


恐らく、習近平は辛い状況でしょう。中国は最先端情報技術という、現在の世界では付加価値の最大の源泉となっている利幅の多い分野で潰されていきます。しかも、それは軍事転用の上でも最重要の分野。ローテクや3次、4次の下請けしか回ってこなくなります。


現に習近平は、TSMCのアリゾナ工場進出が表面化する前日に、常務委員会で、国際的なサプライチェーンをどう守るかがわが党の最大の課題だと述べていたようです。問題の所在を理解し、危機感があるのに、香港をやったのは失策だったかもしれません。香港問題を利用して、トランプはより強く議会を説得し、サプライチェーン回帰と技術を渡さないこと、さらには、ウイグル問題など少数民族奴隷労働を米国の会社として放置しておくのか?奴隷労働による不当な利益を許していいのか?と提起しているようです。


●国家戦略機関とともに層の厚い民間シンクタンクを・・・松田が政界に出た動機とは・・・

トランプの大統領再選が厳しく、次がバイデンになったとしても、状況は変わらないでしょう。いまや下院で民主党優位の連邦議会が、トランプと連動して進めていることです。


かつて日本のシークレットとは、安全保障の戦略機能というシークレット部分が国家に存在しなかったこと。私も大蔵省入省当時、役所の日常生活のなかで議論されたことでそのまま世の中が動いていくことに不安を感じたものでした。国家戦略のレベルでの統合的な意思決定が不在・・・。この状況が、国家安全保障局の事務方組織の強化で大きく転換し、米国のNSCとも直にカウンターパートとして連携しつつ、首脳だけでなく、事務方クラスでの頻繁な情報連携が機能しているようです。巷間、強く叫ばれているインテリジェンス機能を強化したところで、それを国家戦略にする統治機構がなければ意味がありません。


このテーマは、大蔵省(曲がりなりにもかつての日本の戦略司令塔)の崩壊を眼前にした私が、危機感を感じて政界に飛び込むことになった動機の一つでもありました。


今後の課題は、NSSの強化拡充もさることながら、実は、民間シンクタンクの育成にあります。米国の場合、政府と連動して考えるシンクタンクとして、ヘリテージ、ハドソンといった多数のインスティテュートが機能しています。これは政官界との間で人材が行き来し、人材を活用する上で不可欠なリボルビングドアにもなるもの。


私が財務省在職中に、米国の外交問題評議会をモデルとして言論NPOの設立と運営に深く関わっていたのも、このことがありました。しかし、所得が平等で、民間企業がサラリーマン経営者の日本では寄付が集まらず、ファンディングで難渋、設立20年近くを経ても所期の目的は達成できていません。寄付で世の中が回っている米国を羨んだものです。


しかし、その米国も、民間からの寄付やファンディングでシンクタンクができているわけでは決してないようです。前述の江崎氏によれば、それは一部に過ぎず、米国の80兆円にのぼる軍事予算のうち10兆円がシンクタンクに回っているとのこと。その正確な数字はともかく、中国とて、情報技術開発には軍事予算から日本とはケタ違いの資金が回っているのはよく知られた話。日本としても国益上、真剣に考えるべき課題ではないでしょうか。


コロナ関係で二度にわたり、事業規模で合計234兆円、真水で58兆円の巨費を投じているのが日本です。委託民間事業者に中抜きで巨額のカネを落とすぐらいなら、民間シンクタンクの育成のほうが国益上の費用対効果は限りなく大きいでしょう。


かつて「戦後レジームからの決別」を掲げた安倍総理の本当の課題とは、「米中両大国の狭間にあって右往左往する日本からの決別」。いま、日本がその端緒をつかもうとしていることについて、より多くの国民の理解とコンセンサスが必要になっていると思います。




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