• 松田学

検察庁法改正をめぐる誤解&麻雀問題~新型コロナよりもコワい?ものがある~

ようやく解除・・・ですが、新型コロナはこれからが正念場だと思います。外出制限と行動制限とは次元が異なる話だからです。これから特に必要なのは委縮した国民に対するポジティブメッセージへの転換。さもないと経済社会が崩壊するリスクを抱えるに至りました。


このところ政治をめぐる議論といえばコロナばかりでしたが、最近急浮上したのが検察幹部の定年延長問題。安倍政権の疑惑隠し・・・?政権による恣意的人事で時の政権に対しても厳正であるべき検察の独立をおかす・・・?等々と、かなり事実を踏まえない誤解が世論を動かしているようです。真相は何なのか、本当に考えるべきことは何なのか・・・?


●行動の自由のために必要な行動制限と国民に向けたポジティブメッセージ

4月中旬の時点でもはや外出制限措置は不要だったとする安倍総理のブレーン、小川栄太郎氏によると、日本がすでに集団免疫状態にあるとする上久保靖彦・京大特定教授の説は、極めて緻密なものだそうです。昨年11月からの免疫の積み上げについて、世界中の変異マップと睨み合せて欧米の地域、国別リスクスコアを計算し、日本での感染カーブについて3月初頭から全て予測を当ててきたとのこと。


小川氏はそれに基づいて、再三、安倍総理に直接、数値についての見解を伝え、西浦博・北大教授のトンデモ予測を毎度覆して、何とか混乱をここまででストップしてきたそうです。東京都のデータの異常性に最初に気づいたのも上久保教授で、それ以来執拗に東京都の異常を総理に報告し続けたことが、いまのデータ開示につながったとのこと。上久保氏の指摘がなければ緊急事態宣言はまだ解除できず、1年の制限という西浦氏の言い分を政権が拒絶する理論的根拠がなかったということです。


これから日本はようやく本来の行動制限局面に入るわけですが、実は、ここからが大事。5月23日の毎日新聞・社会調査センター共同世論調査によると、このコラムでも後述する検察定年延長問題の影響か、内閣支持率は27%(前回調査比-13)、不支持率は64%(同+19)、「新しい生活様式でどうする?」との問に対しては、「できるだけ自粛生活を続ける」が31%、「段階的に自粛を緩めていく」が64%でした。もちろん、3%に過ぎなかった「ただちに自粛をやめる」というわけにはいきません。


集団免疫が達成されていても行動制限が必要なのは、必ずしも真実を反映しないPCR検査などの結果として数字上の「感染爆発」が起これば、いまの「専門家会議レジーム」のもとでは外出自粛へと世の中が逆戻りしてしまうからです。そこには架空の敵との戦いのような事態があり、行動の自由のためには行動制限が必要・・・。問題は、これからも徐々に緩和されながらも続く一定の行動制限のもとで、どうやって国民の活動を促していくか。


経済だけではありません。例えば文化活動はいったんストップしてしまうと、そのまま衰退してしまう傾向があるようです。これからの消費の主流は「モノからコト消費へ」と言われていた矢先でもありました。私が以前、このコラムでも提案したフェーズを区分した行動基準(ポジティブ/ネガティブリスト方式)の提示については、政府も東京都もステップや段階を区分したガイドラインを策定していますが、人々が、それに準拠さえしていれば行動しても大丈夫と思えるような具体的で詳細な内容となる必要があるでしょう。


これまでの「行動するな」とのネガティブメッセージではなく、すっかりマインドセットが変わってしまった国民を鼓舞して前向きの発想に転換させるポジティブメッセージを為政者が出すことへと発想を転換しなければ、人類社会は崩壊の道を歩みかねません。


●法務検察の人事抗争に安倍総理が巻き込まれたのが事の真相・・・

さて、外出自粛で国民の鬱憤がたまっていたなかで脚光を浴びることになったのが、世論調査で3分の2の国民が反対しているとされた検察庁法改正問題。


SNS上では、芸能人など著名人が反対の声を上げ、「# 検察庁法改正案に抗議します」に賛同する人の数が900万人を超えたとも言われます。ただ、実際には99%がフェイクツィートで、実際にツィッタ―社がそう言って削除したとの話もあります。ツィッタ―で世論のトレンドを作為的に創る手法があるとのこと。朝日が仕掛けた?との説もあるようですが、官邸もこのトレンドを前に?今国会での成立を断念。舛添要一氏は、問題は、SNSで反対論が拡大すると、スキャンダルをリークする者が増えることだとしています。そこで、内部の情報通報者でなければ分からないはずの黒川氏の麻雀問題が・・・。


ただ、この検察庁法改正問題、どうも、法務・検察組織内部の派閥抗争に安倍総理が巻き込まれたというのが真相のようです。これ以上迷惑をかけるな、と安倍総理が怒り、法案を棚上げにしたとの見方も・・・。事の発端は、稲田検事総長が勇退を拒んだこと。その理由は、カルロス・ゴーンの国外逃亡の責任をとったとみられたくなかったことだとの説もあります。そこで、黒川氏を後任の検事総長に据えるためには、任期を延長するしかない。


その背景にあるのが、黒川氏と同期の林氏(今回の件で名古屋高検検事長から東京高検検事長に就任)との確執。法務・検察の派閥抗争でよく知られているのは、法務省本省勤務の長い「赤レンガ派」と、捜査や公判に当たってきた検事たちの「現場派」との争いです。古くは、赤レンガ派の根来泰周氏と検事総長の座を争った現場派の吉永祐介氏との確執が有名。かつて私は大阪国税局の査察部長として吉永氏や、その後任の土肥総長など現場派とのお付き合いが結構ありましたが、彼らには叩き上げの独特のにおいがあります。


これに対し赤レンガ派は人当たりが良く、説明も上手いので、政治家たちから気に入られる傾向があるようです。今回は黒川、林の両氏とも赤レンガ派ですが、林氏は法務省の刑事局長から事務次官への昇任を阻止され、名古屋高検検事長に回されていた人物。ある事情通の解説では、内閣人事局の発足で各省庁の幹部600人の人事権を握った官邸が、法務検察とてその人事権の例外ではないとして、早くから組織内では検事総長候補とされていた林氏を差し置いて、菅官房長官お気に入りの黒川氏を総長昇格コースに乗せていたという、官邸と法務検察の「驕りの激突」があったとか・・・。


いずれにしても、黒川氏を東京高検検事長という検事総長コースに乗せてしまったものの、現職検事総長の任期切れの時点までに同氏が定年を迎えてしまうこと、IR疑惑のような重要案件が進行中であること(その最高責任者の黒川検事長が2月に定年を迎えて平検事に降格というわけにはいかない)から、今回は法務省から官邸のほうに黒川氏の定年延長について強い要請があったようです。このことは日本を代表する某メディアの官邸キャップから直接、耳にしました。ならば、なぜ、このことをきちんと報道しないのか。やはり、メディアは最初から報道姿勢を決めているのか?と感じたものです。


●任期延長の決定権が内閣になければ憲法違反になる

そもそも、日本全体が超高齢社会に入るにつれ、人材活用の観点から民間でも定年を65歳に引き上げるという動きがあるなかで、国家公務員についても65歳定年制への移行が10年以上も前から大きな課題とされてきました。そうした趣旨の今回の国家公務員法改正は、労組を支持基盤とする立憲民主党など野党も本音は賛成の立場だそうです。検察庁法の改正はこれに倣うものですが、改正前に起こったのが黒川氏の任期延長問題。


一般法である国家公務員法には公務員の任期延長規定はありますが、特別法である検察庁法には同種の規定はありません。特別法が一般法に優先するのは法解釈の基本中の基本。検察庁法に違反する黒川氏の任期延長は霞が関の法解釈の常識の上でもあり得ないこと。かつて1981年には、検察官に国家公務員法の定年延長は適用されない旨の国会での政府答弁もあります。しかし、2月の衆議院本会議で安倍総理は、法律の解釈を変更し、検察官にも国家公務員法が適用されるとしました。どうも、牽強付会な解釈です。


この法解釈変更は内閣法制局も了承したものだと耳にしていますが、私が霞が関にいた頃は、恥ずかしくて内閣法制局に持ち込むことも躊躇したでしょう。しかし、官邸からの指示だ、なんとか通せと上司に命令されれば、内閣法制局とひざ詰めで理屈をこねくりまわして解釈変更を正当化する論理を編み出したことと思います。これも昔から、プロとしての官僚の役割。何も安倍一強体制下の「忖度政治」?に限られたことではありません。


今般の法改正案については、法の不遡及の原則がありますので、この法解釈変更を正当化できるものではありませんが、大きな誤解を与えたのは、検察幹部の定年延長を内閣の判断で行えることとした規定でした。しかし、検察庁法22条で検事総長、次長検事、6人の検事長の8人が内閣の承認が必要となっている理由は、これらポストが天皇の認証を受ける認証官であり、天皇の国事行為は内閣の助言と承認を必要とする憲法の規定があるからです。つまり、内閣が任命に責任を負う形にしなければ憲法違反になってしまいます。


●成熟した民主主義社会における検察の独立性とは?

ここで百歩譲って、ときの政権が検察の捜査に意のままに介入できるようにするための黒川氏の定年延長にかかる1月の閣議決定であり、今般の法改正案の提出だったとしてみましょう。あの大蔵接待疑惑事件で名を上げた熊崎元特捜部長始め、多くの検察OBたちが、総理大臣をも逮捕起訴できる検察の独立性を盾に、法改正に猛反対の声を上げていました。三権分立に反する、検察は証拠が全てだ、証拠に従って・・・云々と。


しかし、そもそも検察がそんなことを言えた道理なのか?と思う人々がいないわけではありません。「証拠」と言いますが、あの村木厚子事件では証拠の捏造、改ざんを行ったのはほかならぬ検察。起訴裁量権を一手に握る検察を有効に牽制する機能は日本にはありません。起訴すべき事件を起訴せず、起訴すべきでない事件を作って起訴する・・・とも。ほとんど強要に近い自白を強いられた経験をお持ちの方も多数にのぼるようです。


民主主義のプロセスを経て国民が選んだ政権に対して、検察が独自に一定の方向感をもって「世直し」をする権限まで持って良いものなのか。国民による選挙を経ず、司法試験に合格しただけの官僚組織が世の中を大きく変えてしまう?長年にわたる自民党一党支配を許しているのは特捜部の存在だという説もありますが、国民の価値観まで一捜査機関が主導するものなのか。日本の主権者は選挙権を行使する国民ではないか。


日本は歴代大統領が監獄に入れられる韓国のような国でも、権力者が座を降りると逮捕されることを恐れるような開発独裁の後進国でもありません。総理大臣まで務めた人物が逮捕されて国民が歓声を上げるような国が果たして成熟した民主主義国といえるでしょうか。もちろん、政治家には倫理が問われますが、日本では検察に対する指揮権発動のようなことを少しでもすると、政権自体が政治的にもたないほど民主主義が徹底しています。


具体的な事件の事例を挙げるのは控えますが、検察が独走できる体制は、逆に、外国勢から日本の政治がコントロールされやすい脆弱性にもつながるのではないでしょうか。


そもそも検事は行政機関である法務省の職員。従来、検事総長などは内閣が任命することになっており、内閣が場合によっては任期を延長するから三権分立を揺るがすなどという問題でもないでしょう。もし、内閣の関与を許さず検察庁独自で検察人事を決定することになれば、それこそ「検察ファッショ」になりかねないのでは・・・?今回の議論については、戦前の「統帥権干犯問題」との類似性を指摘する声もあります。


●黒川氏の麻雀問題と日本の国家としての脆弱性

今回、黒川氏が緊急事態宣言下の5月に懇意の記者の自宅マンションで賭け麻雀に興じていたとして報道され、世間からの強い批判を受けて辞任に至りましたが、麻雀といえば、私が入省した頃の大蔵省は役所自体が賭場のようなものでした。勤務時間が終わるとあちらの部屋からもこちらの部屋からもジャラジャラ・・・。キャリア官僚といえども入省一年目の新人は丁稚のようなもの、卓を囲む先輩たちのために水割りを運んだり・・・。


黒川氏の場合は数千円から数万円程度と報道されていますが、半荘のたびに万札が飛び交うのが大蔵省麻雀といわれたもの。雀卓では人物がよく現れる、麻雀に強くないと出世しないと言われたものです。査察部長としてお付き合いした検察も皆さん麻雀大好きでした。切った張ったの仕事ぶりは予算査定も犯罪捜査も共通するものがあるのかもしれませんが、現在では廃れていても、この世代には人付き合いは雀卓でという方々が多いと思います。問われれば人前では「けしからん、あってはならないこと」と言うしかありませんが、勤務時間外の単なるゲームでなぜ、と、心中では思っている人は結構多いと思います。


新型コロナがもたらした「自粛警察」の空気も影響しているのかもしれませんが、よい子の建前だけしか正当性を主張できず、本音の発言が許されない窮屈で原理主義的なポリティカルコレクトネスも、メディアが煽り立てる風潮の一つとして気になります。


私の大学時代の友人である検察の最高幹部の一人が、定年を控えて酒の席で私に漏らしていた言葉が、「検察はコワい組織だ、赤信号を渡っている人を恣意的に摘発しているようなもの、もうすぐ辞められるのでホッとしている」…。賭け麻雀も赤信号での横断と同じく法律違反。マスコミもコワい組織だ、ということになるでしょうか。


日本はどうも、大人の社会としての常識を失ってしまったのか…。これも日本が外国からコントロールされやすい脆弱性につながる・・・?こちらのほうがコワいかもしれません。


情報戦略アナリストの山岡鉄秀氏が、今回の新型コロナのことを、中国が日頃から各国に仕掛けている「超限戦」そのものだと言っておられます。超限戦とは武器使用を超えた見えない戦争。ある国に情報戦を仕掛け続けていくと、その国の国民が気付かないうちにコントロールされるようになっている。気付かないうちにコロナ感染がものすごいスピードで広がり、各国をロックダウンに至らしめ、その隙をつくかのように中国が影響力を世界に拡大していく・・・。批評家の西村幸祐氏が日本には冷戦体制最後の「東京の壁」がある、その東側には反日左翼とメディアがいる・・・と述べていることも気になります。


このように、新型コロナ以外にもコワいものがあふれる世の中だからこそ、リアリズムの視点から、真実を知ろうとする国民の営みを喚起する松田政策研究所の活動を今後とも発展させていきたいと考えております。

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