• 松田学

東京五輪中止論?忘れられたのか日本民族の志~次世代のためにワクチン後遺症リスクの再検証を!~

日本は台湾にワクチン供与…中国覇権への対抗の意味でも意義は大ですが、供与するのは欧州で血栓症が報告され、日本で使途が決まっていないアストラゼネカ製…。いまや人類社会の隅々までワクチンを行き渡らせることが正義です。岡山県総社市では7月にも市内の小中学生約2,700人に集団接種を行う方針だとか…。ただ、今回のワクチンには次々と後遺症リスクが指摘され始めています。今度は不妊症の問題まで提起…。


東京五輪開催に反対論が高まるなか、政界にとっても事態打開への救世主はワクチンです。ただ、そもそも日本人の感染対策とオリンピックを天秤にかけるのも、志の低い話ではないでしょうか。コロナ脳で横行する非常識や差別に、世界から称賛されてきた日本人の利他と調和の精神はどこに行ったのかと思いきや、今度は世界に対して背を向ける…?


先の大戦で日本は戦争犯罪国だと吹き込まれていますが、史実をみると、当時の日本人は、色々な意味で高い志を宿す国民だったようです。これを支えたのは、日本が、常に民のために祈り続ける天皇のもとに国民がまとまってきた国家であったこと…。コロナ禍がこれからワクチン禍にならないよう、人類のために祈ることはできないものでしょうか。


●こわいのは今よりも将来の後遺症…スパイク蛋白質

私の周囲でも「ワクチン打ってきた」と涼しい顔でおっしゃる方々が増えてきました。二回目の接種の場合、高熱を出して寝込んで仕事や行事を休む方がやはり多いようです。二~三日寝れば治る風邪と同じようなものと割り切ればそうなのかもしれませんが、健康な人がなぜ、わざわざ症状を発症するために…?そこまで反応がきついというのは何かおかしいのではないか?そういう声が高まらないのが不思議です。私の知人の父親でウィーン在住の高齢者は、ワクチンを打ったら植物人間状態になってしまっているとか…。


それでも世界中が躍起になって接種を加速させる新型コロナワクチン。私が尊敬するある著名な有識者は、ワクチンはすでに世界のコンセンサスになった、として、慎重論は無意味である趣旨の発信をしておられます。しかし、経験によって初めて進歩する医学の世界における科学的実証ということを考えた場合、これは少し違うのではないでしょうか。


こと一人一人の命や健康に関わる未知の領域の問題については、大多数がそう思っていることであっても、それをもって、これをあたかも社会規範として全員が受け容れねばならないということにはならないと思います。


特に気を付けるべきなのは、今回、多くの専門家たちが問題にし始めているリスクとは、ワクチンを打ってすぐに、因果関係が直截的に明確に理解できる短いタイムスパンで現れるいわゆる「副反応」というよりも、ある程度の期間を置いて将来にわたって発現する可能性のある後遺症のことだということです。


副反応ですら、現状、打ったあと48時間以内でなければ死者として正式に報告されておらず、「因果関係は立証されていない」世界に入っています。ましてや後遺症の場合、すでに指摘されているようなリスクが実際に発現して、例えば10年後の将来、生涯治癒しない症状が発症している状態を、振り返れば、もっぱらワクチンが原因だったとするような形で認定されるかどうか、怪しい面すらなきにしもあらずではないでしょうか。


もともとワクチンの開発・使用が新型コロナを含むRNAウイルスについて禁じられていた理由であるADE(抗体依存性感染増強)の問題に加え、私が特に注目しているのは、今回、人類史上初めての遺伝子型ワクチンで体内に注入されるスパイク蛋白質それ自体が、血管の壁を損傷させて血栓症を引き起こす可能性と、これがゲノムに影響を与え、このスパイク蛋白質を産生し続ける体になることで懸念される不治の血管障害のリスクです。


●危険なのは空気と規範…リスクは真摯に実証すべし

その他、様々な指摘が世界の専門家たちから出ているなかで、さらに提起されてきたのが不妊症の問題です。こうなると、これからの若い世代と人類社会の将来が心配になります。大橋真・徳島大学名誉教授が、菅総理に請願書を出してきた足で、松田政策研究所チャンネルに来られ、きちんとデータを出してほしい、皆で実証実験を、と呼びかけました。


同氏によると、ワクチン接種で卵巣を始めいくつかの臓器に入るLNP(脂質ナノ粒子)が、卵巣から体外に完全に出ていくことが実証されていないそうで、これは生涯にわたる不妊症につながるとのこと。実際にどうなのか、マウスで短期間で実験ができる、子どもたちには科学的な検証の大事さを身に着けてもらうためにも、マウスでの実験運動を広げてほしい、このような提案も私の対談番組で行いました。


私は専門家ではありませんので、様々な指摘の正しさを自ら背負える資格はありません。ただ、言われている様々なリスクの中には、医学的な常識や、科学的、学術的な実証を踏まえているとしか思えないものがあることは事実です。少なくとも、そうした懸念が出ている限り、その懸念に真摯に向き合って実証的に反証するなり、あり得るリスクであれば誠実に公表して情報として国民と共有するなり、そうした営みを納得感ある形で行ってほしい、それが「専門家」たちの本来の役割ではないかというのが、私からの論点提起です。


何か政治的に、「やらねばならない、そんなときに何を」という空気が蔓延していないか、かつて天動説が支配的だった時代に地動説が弾圧されたのと同じことが起きていないか、今回は一人一人のこれからの人生に関わることなのだから、それ以上に慎重に事に当たるべきなのではないか…。


血管障害にせよ、不妊症にせよ、ADEにせよ、これからより長く生きる若い世代ほど発症のリスクは大きいのですから、ワクチンの対象は、こうした後遺症発症のリスクよりも、新型コロナへの感染による重症化のリスクが高い(とされている)高齢世代などに限定してもよいと思いますし、そう主張する医師は多数おられます。


では、医師会は何をしているのか…。今回のワクチン接種で医師の収入源が増え、そもそもが国民の健康をどうするかよりも、単なる利権集団に過ぎないとされる医師会に所属しない日本の医師たちが、これから「若い世代や子どもたちにだけはやめてほしい」と声を上げて運動を始めるようです。医者が人を殺すなんて、絶対にできない…涙して私にそう訴えた女性医師が、決して医師として特別ではないことがわかります。


●忘れたのか、平和の祭典への志、忘れたのか、日本民族の志

いまの日本の政権が、このワクチンを事態収拾の決め手とし、東京五輪に向けた最高の対策と位置付けているようでは、世も末…。最近の世論調査では、日本国民の大半が五輪の中止か延期を求めているようです。しかし、そもそも、自分たちの感染対策と五輪のどちらが優先なのかという問題の立て方自体が間違いなのではないでしょうか。何も東京五輪は日本の景気対策や、お祭り騒ぎのためにやるのではありません。


もともとオリンピックには「平和の祭典」という意味があります。尾身茂氏が国会で、何のためにやるのかを明確にしなければならないと、やや専門家の矩を踰えた発言をしましたが、答は自明。文化も価値観も肌の色も追求している国益もそれぞれが異なる世界中の国々の選手が同じ場を共有して、スポーツのルールに従ってフェアプレイをする。


コロナパンデミックのなかで、人々の国境を超えた交流が途絶え、頼れるのは自国の政府のみとなり、もはやグローバリゼーションはデカップリングの流れへと逆転、ルールを無視する強国がアンフェアな方法で世界覇権を目指している現在の世界であるからこそ、こうした五輪の場を東京が提供することが、世界平和の価値を改めて提唱することでコロナを克服することにつながるのではないか。これが国際社会に示す日本国の志ではないか。


歴史を振り返ると、日本人は志を忘れてしまったのかと思わせるものがあります。かつて日本には、平等な世界秩序のために、そして国家のために命を擲って戦った先人たちがいました。米国の評価は高くても日本での評価は逆なのが、私たちの先人たちの偉業と日本人の素晴らしさ。そのことを実感させてくれたのは、奥本康大氏が松田政策研究所チャンネルで語ってくれた「義烈空挺隊」の物語でした。自国のために命を捧げた人々を貶める扱いをする国が、果たして国際社会で存立し続けることができるのか…。


終戦直前に、在沖縄の米軍への特攻で本土防衛に戦果をあげた攻撃は、79年前の5月24日。それは、これから祖国のために命を捨てに行くのだと、隊員たちがずっと待ち望んでいた日でした。この気持ちは、決してファシズムなどによって抱かされたものではなく、日本国民が二千年にわたり、天皇のもとにまとまる家族であり続けてきたことに淵源があります。このことに感動して天皇制を残す決断をしたのが、あのマッカーサーでした。


●義烈空挺体と日本の国体…天皇のもとに家族のようにまとまる国民としての志

奥本氏によると、「敵の飛行場に胴体着陸して攻撃。帰還しないことが前提。沖縄が米軍に占拠され、そこから日本本土への空襲。それを一日でも早く食い止めるために、部隊が編成されて特攻突撃。天候等の影響でサイパン、硫黄島では出撃できず、ようやく最後に終戦直前の沖縄で思いを遂げた。いつか命を日本のためにささげたいと。沖縄ではほとんど本土からの兵隊が行って散華されている。168人、12機の飛行機に分乗。記録では1機が飛行場に着陸し、33機の米軍機等々を破壊し、空襲に行けなくした。」


硫黄島の戦闘では米軍17万人に対して日本軍は2万、勝てるわけがありませんでしたが、最後は刀をふり回して米軍に突撃し、米兵は精神障害になるほど恐れたそうです。ペリリュー島でもそうでした。米国の軍人は死ぬことまで考えていない、なぜ、日本人は死ぬことまで考えられるのか…。マッカーサーが、「自らの命はどうでもよい、国民を」と述べられた昭和天皇と面会して初めて理解したそうです。日本は天皇のもとで、皆家族なのだと。


奥本氏によると、「残念なことに、いまの沖縄では、義烈空挺体の戦果を語ってはいけない風潮がある。県自体がそうした戦争の記憶を消そうとしている。沖縄に助けに行った英霊たちを否定している。戦地跡にあった義烈空挺隊の碑も撤去されている。自衛隊OBたちが慰霊のために守っていたのが、中学校建設のために撤去された。いまは近くの村でひっそりと小さなスペースに。それも、何かあれば撤去すると言われている。そこは近々、駐車場になるとも…。そばの公民館は素晴らしい建物なのに、碑すら建ててもらえない。」


「近くの公園には反日的なモニュメントがたくさん建てられている。『忠魂碑』には、戦争に駆り立てる道具として使われた、侵略戦争を美化した、戒めとして…と書かれている。下手をすると、日本は北海道や東北までソ連の支配下に入ったかもしれない状況だった。歴史を学んでほしい。現在、沖縄には年間、3,000億円が注入されており、町役場など建物がみんな立派。それよりも、先人たちの検証をして後世に記憶を残すために考えてほしい。私たち日本は悪いことをしてきたということが刷り込まれている。」


「天皇のもとに家族のようにまとまる国民。それが国体。皇室中心に助け合い譲り合いの素晴らしい文明を2~3,000年にわたって紡いできたことを忘れてしまったのが、いまの日本人。米国が尊敬した勇猛な日本人は、国体あってこそ戦えたものだった。」


●利他と平等、協調と調和…日本が世界に打ち出していた理念が国際秩序を変えた

大東亜戦争がなぜ起こったのか、それは欧米に仕組まれたものだったということが、最近では様々なエビデンスが出てきて実証されつつあります。戦争に追い込まれた日本は何を大義として戦ったのか。大東亜戦争は、第一次大戦後のパリ講和会議で正式な国際会議の場としては史上初めて人種差別撤廃を唱えた日本が、19世紀の欧米列強による植民地秩序の世界を、どの国もが対等な国際秩序に変えることを大義としたものでした。


戦時中、アジア各国を召集して東京で開かれた大東亜会議は、現在でいえばアジア版サミットでした。そこで日本が打ち出したのが、上記の大義。利他と協調の精神でどの国もが対等な調和の世界を創り出す。日本は戦争には敗けましたが、第二次大戦後、旧植民地が次々と独立して生まれた戦後の国際秩序は、日本の戦争を通じて築き上げられたものだともいえます。こうした歴史的事実を踏まえなければ、第二次大戦の戦勝国秩序のままとなっている国連秩序を変えられませんし、中国が好き勝手にやるのを抑えられません。


インドネシアは大東亜戦争直後に現地に残留した二千人の日本兵の助けで、オランダの植民地支配からの独立を達成した国です。それゆえ、親日感情も強い国であるとともに、現在では、自由主義陣営にとって地政学上の要となっている「自由で開かれたインド太平洋」のなかでも最重要の国の一つです。そのインドネシアでも、中国による東京裁判史観に基づく反日プロパガンダが浸透しており、今後とも親日的かどうか不透明だとか…。


この反日史観によって、「大東亜」の前記のような本来の意味は忘れられ、あたかもそれが戦争賛美であるかのような誤解が定着してきましたが、日本は歴史的に、覇者による専制支配がなかった国です。天皇は民とともにあって、常に民のために祈る存在であり続けてきました。そのような意味でも他国には例のない稀有な文明を営んできた国。このことを事実として想起し、国民が共有することこそが興国の基本であろうと思います。いかなる場合でも、自らの原点を忘れてしまっては、どんな成功も覚束ないのでしょう。


●日本人を日本人であらしめているもの…マッカーサーはなぜ天皇制を残したか

では、日本人を日本人であらしめている「国体」とは何なのか。ちなみに、米国の国体は「自由」、中国の国体は「共産党一党独裁」、フランスの国体は「平等」だと言われます。

第二次大戦でドイツは叩き潰されて終わり、国家の連続性がなくなりましたが、日本の場合、ポツダム宣言の受諾は無条件降伏ではなく、国体は護持され、日本国としての連続性は維持されました。日本は現存する世界最古の国家です。イタリアでは国民がイタリア国王を廃しましたが、終戦後の日本国民のほとんどが天皇制を残したいとしていました。


米国では天皇制の廃止を検討していましたが、マッカーサーが天皇に会って、日本人がなぜ、死を求めて勇猛に闘ったのかという疑問が氷解したのは前述の通りです。天皇のもと、家族なのだ、家族だから死んでも守ろうとする。天皇の存在とは日本の存在であり、愛する人の存続である、そこには命をかけても守る価値がある…。


天皇家の血筋を引く評論家として著名な竹田恒泰氏が参政党スクールで語ったところによると、「3世紀頃に大和王朝が誕生したが、当時、日本には無数の国があり、それらが互いに戦争をした形跡が無く、百年かけて統一された。その柱は、宗教の自由と婚姻政策。当時、全国の豪族たちが皇族と婚姻した。結果として、現在の日本人は全員、血筋をたどれば皇族とつながる家族になっている。国家全体が血族。」


「明治期の大日本帝国憲法第一条は、天皇が主語で万世一系の天皇之を『統治す』となっている。『統治』とは本来は、『統(し)らす』であり、日本は天皇が統らす国。日本の国体とは、このこと。統治の意味は『朕は国家なり』とは全く異なる。日本文化に専制支配はなじまない。17条の憲法の和と合議の精神。何かあれば八百の神々が談合する」。


「統治するとは、民の事情を知ること。民の事情を天皇が知る。知るからこそ祈れる。知って祈る。国民の幸せを祈れとの神勅を受けている。二千年来、天皇は家族である民の幸せを祈り続ける存在。民を知ることにより、上の命令ではない自発的な祈りになる。祈ると、また、知りたくなる。大日本帝国憲法の『統らす』が、日本国憲法の第一条につながった。祈るから、『統合の象徴』になった。」


●コロナ禍が別の禍に転じぬよう…自由で開かれたインド太平洋への祈り

こうした国柄を営んできた日本が、和と協調と利他の精神で創ろうとした大東亜秩序が目指した地域は、地理的に、現在の「自由で開かれたインド太平洋」とほぼ重なります。これも事実上、安倍前総理の頃から日本のイニシアチブで創られようとしている新たな繁栄のプラットフォーム。そして、中国の全体主義専制秩序に対抗するアンチテーゼです。


しかし、最近のコロナ情勢をみると、インド株に続いてベトナム、マレーシア、そして台湾も…「自由で開かれたインド太平洋」が次々とやられているようです。豪州はいち早く日本に五輪選手団を送ってくることに…さすがはクアッド準同盟国。


ただ、RNAウイルスですから変異は永遠に続きますし、感染は増える時には増え、減る時には勝手に減るもの。インド株もインドですでにピークを超えました。変異の順にウイルスに身をさらし、免疫力強化で動的平衡を達するしか収束への道はありません。


かたや全体主義の中国は…インド株で一人感染者が出ただけで人民統制に乗り出しましたが、騙されてはいけません。中国も、東アジア特有の土着コロナによる自然免疫など、免疫状態は日本と共通。全体主義がコロナをあそこまで封じ込めたわけではないはずです。


ただ、中国はそれを体制の優位性としつつ、経済活動再開でも外交攻勢でも、一歩、他国に先んじることになりました。対する日本は、自国が自然免疫に加え、弱毒株の事前流入による獲得免疫によって「二重の神風」に恵まれ、国民全員が新型コロナに対する免疫記憶があるにも関わらず、「コロナ脳」の蔓延で己の状態(優位性)を知ることなく、「神風」を活かせないままシュリンクを続けています。


東京五輪への気概まで失い、感染症に対する正しい知識を国民が共有できず、日本人が接種すると免疫過剰になるかもしれないという意味で他国以上のリスクが伴いかねないワクチンに打開策を頼り、経済活動と真の感染対策との両立を図る知恵もないまま、このままズルズルと日本は沈んでいくのか。


ワクチンについては世界医師連盟も立ち上がっているそうです。ドイツではコロナ統制に反旗を掲げる政党まで立ち上がったとか…。治験が不十分なまま接種に踏み切らせたことを悔やむ関係者も大勢いますが、いま世界中でちゃんと「人体実験」をやっています!!それも高齢者は良いとしても、若い世代や子どもたちだけには…いま立ち上がらなければ大変なことになるのではないかと懸念が募る一方です。


もはや、コロナ脳を正す力も見識もない日本の政治には期待できないとすれば、そして、これから立ち上がる日本の医師たちや志ある人々の力では間に合わないようであれば、民を「統らす」天皇陛下が民の幸せのためにささげる祈りの力に期待するしかないのかもしれません。ワクチン接種が遅れていることも意図せざる「神風」。世界に類い稀なる日本民族の衰退がこれ以上起こることのなきよう、何かもう一弾の神風が吹いてくれることを祈るものです。

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