• 松田学

総理在任時の安倍氏の思いと菅政権~実証された集団免疫&構造改革に問われる見識~

まずは「コロナ対策」。これを掲げて発足した菅政権ですが、本コラムでご紹介してきた上久保先生の集団免疫論を実証するデータが出てきました。そして次は「経済再生」…。


デジタル庁、縦割り打破の行政改革、携帯電話料金の引下げ、地方銀行の再編、さらには中小企業の規模拡大?…まで、菅政権は早速、さまざまな構造改革を矢継ぎ早に打ち出し、メディアを賑わす話題になっています。では、これらの改革は、なぜ、3本の矢の成長戦略として安倍政権のもとではできなかったのか。菅政権ならどこまでできるのか。


そのほか、安倍政権が積み残した課題としては憲法改正があります。自民党結党以来、本来の結党目的であった改憲ができるための3分の2の議席をようやく実現し、8年にもわたってこれを維持してきたのに、なぜできなかったのか。「安倍氏はルールを尊重する立憲主義者だった、強引に憲法改正を通そうとはしなかった…。」側近の小川榮太郎氏が安倍政権の性格について、さまざまな面から興味深い指摘をしています。


●安倍前政権が経産省主導の内閣となった原因は財務省による消費増税の進言

新型コロナ対策でも上久保先生たちの「日本はすでに集団免疫」説を当時の安倍総理や加藤厚労大臣の頭に入れ、彼らと毎日のように連絡を取り合ってきた小川榮太郎氏ご自身は、自らを安倍前総理のブレーンとは言いませんが、実際にはそうだったと思います。現に安倍氏も菅氏も、コロナ対策では活動再開に向け最後の一線は踏みとどまってきました。


松田政策研究所チャンネルでは、その小川氏に、安倍政権の総括的な評価をしていただきました。最初に以下、小川氏が見た安倍政権を私なりの解釈のもとにご紹介します。


『まずは経済』…2012年12月に発足した安倍政権の出発点は、ここからでした。小川氏はアベノミクスについて「失われた10年から失われた20年になったが、失われた30年になったという人はいない。失われた20年の根本は国際的な政策と日銀との乖離だった。それを世界標準にした」と評価しています。ただ、私から言わせれば、平成時代そのものが「失われた30年」。安倍政権のもとで実体経済が力強く改善したわけではありません。


それは数字が冷酷に語るとおり。実質GDPの成長ペースが民主党政権時より低下していたことは、前回のコラムでも述べました。その原因は2014年4月の消費増税がアベノミクスの腰を折ったことだと批判されています。


確かに、アベノミクスの効果が実感されたのは13年まで。消費増税について小川氏は、「税制の問題は、どういう全体的な国の設計があるかと関連。保守派はみんな増税反対を言っているが、それには誰もが反対しない。集められた税金が本当に国力増進に使われていたのかのほうの斬り込みこそ論壇はすべきだった。単なる増税反対は左翼がやること。」


もとよりリフレ派の安倍氏にとって、三党合意という公党間の約束の履行のためのやむを得ずの増税であって、ご自身は増税したくないというのが本音でした。「第一回の増税は安倍さんの与り知らぬところで決まったもの。ご本人からも、やりたくないよ…と聞いた。」


「財務省から何の問題も起きないとの説明を受けていたが、経済は落ち込んだ。結果論として虚偽の説明をしたことで、財務省は安倍政権の中で決定的に立場を悪くした。」


小川氏は、このことが政府内の力関係を経産省のほうにますます傾斜させた原因だとしています。財務省よ、アベノミクスの邪魔をするな…で、2回の増税延期へ。2014年11月の解散総選挙は、増税延期という、民意を問う上では意味不明の理由を掲げたものでしたが、それは、アベノミクスは三党合意に縛られないとのメッセージでもあったのでしょう。


●常勝だった衆院解散戦略と外交面の成果の背景にあったもの

しかし、そんなことで莫大な国費を使って選挙をするのは、政権の長期安定化という党利党略優先そのものにみえたものです。これについて小川氏は「選挙に毎回勝という必勝パターンを作ったのが安倍政権の大きな功績。まさに安定政権をつくるための解散総選挙であり、政治とは権力闘争。それに勝つのも職業的な責務であり能力。」そこには、自分のせいで民主党政権になってしまったとの思いの安倍氏の思いもあったようです。


つまり、本来は、ある程度の長期にわたり、故・中川昭一氏、安倍氏、平沼赳夫氏、麻生太郎氏といった愛国保守が順次、政権を担って日本を取り戻すことがめざされていたが、平沼氏は郵政解散で躓き、中川氏は不幸な死に方となり、安倍氏も麻生氏も長期どころか併せて二年で終わった。第一次政権のときの自らの辞任後、弱体政権が続き、その挙句、民主党政権になってしまった。今度は自分のもとで、という思いがあった…とのこと。


こうした第一次政権時の挫折が、安倍政権の外交面での成果につながったのかもしれません。トランプとの関係は、安倍氏との人間としての関係。いまの外交は19世紀の欧州とは異なり、Twitterや動画などSNSでつながる時代。首脳の個人的な関係で外交が決まる時代です。それぞれの政府の代表というよりも個人的な人間関係が響く時代にあって、「タイプとしては、とても癖があり、その中で過酷な環境から這い上がってきた人どうしでウマが合う。プーチンもそう。そういうリーダーたちとの間で信頼を勝ち得る。安倍氏自身が一次政権のあとの苦渋に満ちた日々から這い上がった人。向こうから見てそうした人間としての何かが感じられないと、足元をみられることになる。」


●安倍氏は集団安全保障にも憲法改正にも踏み込まなかった立憲主義者…?

外交とともに安倍政権が一定の成果を挙げたのが、安全保障の基盤整備でした。うち集団的自衛権の限定行使容認の憲法解釈については、その前段となった安保法制懇では、もっと踏み込んだ集団安全保障の提言までなされていました。そこには、自衛のための戦争だけでなく、制裁戦争も現行憲法の範囲内と解釈する「芦田修正論」も出ていました。


これについて私が当時、国会質問で取り上げた際には、安倍氏も菅氏からも「イラク戦争に参加するようなことは未来永劫ない、芦田修正論は採らない」と、意外と?右ではないと感じられる答弁がなされていたものです。


小川氏によれば「集団安全保障に進むグランドビジョンが安倍さんにないわけではないが、戦後の民主平和が好きな人たちが言うように、米国の戦争に自動的に巻き込まれる…それを拒否するフリーハンドを持とう、ノーと言える立場を持つべし。」というのが安倍氏の考えだったとのこと。よく、安倍氏は対米関係で自立をめざす路線を岸信介から受け継いでいたといわれますが、やはり、「精神的にはそうだった」…。


「戦後日本は、あらゆることの組み合わせになっていることが多い。一刀両断できない。自衛隊と米軍とで、すでに現場での緊密な信頼感情ができている。これは無視できないもの。」安倍氏を保守でないと批判してきた保守論壇は、木を見て森を見ずといえるでしょう。


では、安倍氏の大課題だったはずの憲法改正は?小川氏は意外な側面を指摘しています。


「いろいろなルールを安倍さんは重視する。真っ当な立憲主義の権化のような人。安保法制も2年をかけた。国会も史上最長審議。手続きでオーソライズされていないことは禍根を残す。人気があって出来てもやらないタイプ。安倍政権下の改憲には応じないと野党が言うなら、なんでも通せとはいわない。党の国体や憲法調査会に委ね、自分の意思だけは9条に置いた。自民党として野党を突破できないときは、強引にやらずに、彼らが進めるのを待つ。」私などはもう少し強引にやってもよかったと思いますが、小川氏も「だが、きれいにやりすぎた。」野党は安倍氏を『立憲主義』の立場から批判できないでしょう。


●官邸官僚政治と「もりかけ桜」への批判…財務省不信も不幸の一つか…

安倍前政権の政治スタイルについては、「もりかけ桜は完全な安倍疑惑の創作。桜は吉田内閣の頃からの行事。当初は叙勲者が対象だったのが、年を追うごとに人数が増えた。総理大臣が国民とつながる場はここしかない。目くじらを立てることではない。長期政権になると毎年、推薦の人数が増えてしまう。」


ただ、「『官邸官僚』による側近政治は、それが持つ強みと同時に、固定しすぎたことによる弱みもあった。自民党は民意を受けている。その声やエネルギーと官邸とが乖離していく。実感としてそう感じたし、党側からもそのようなことを言われた。」


私のみるところ、各省庁の大臣経験をしたことが一度もない安倍氏は、霞ヶ関に対する不信感が以前から大きかったように思います。それを決定づけたのが財務省による、消費増税問題ないとの建言だったとすれば、不幸なことでした。前回のコラムでも触れたように、世界的に景気がよかった小泉政権末期から第一次安倍政権の頃、ドイツが付加価値税率を3%引上げても景気がびくともしなかった事例がありました。


財務省も、リーマン後のデフレ基調がここまで深刻とは読み切れなかったのでしょう。その後、財務省のトップ官僚が、安倍氏からの信頼をつなぎとめるべく、妙に、政権のポチへと化していったのも、いろいろな意味で不幸なことだったかもしれません。


改憲に加え、大課題として北方領土、拉致問題…も掲げていましたが、「政治にはゴールがない。強引なゴールを作っても空洞化する。小泉郵政解散がそうだった。20点、30点で低迷していたものを60点、80点にする、そういう政治の王道をして、ここまで来た。」


●新型コロナはすでに日本の集団免疫が実証された…菅政権に問われる政策転換

では、菅政権はどのように安倍政権を継承するのか…?「初動のスピードが菅政権の死命を制する。しようと思っていた具体的な重要な改革を出している。これらは決して小さなテーマではない。裾野の大きな改革。内政の根本に関わる改革を、これだけ短期間に新総理が打ち出した。菅さんには独特の天性がある。大きな役割を担う総理になるのでは…」


新型コロナについて政権トップと「毎日のように状況の共有をしていた」小川氏からみれば、「go toキャンペーンへの対応も、菅さんが実情を把握している証拠。東京五輪もやるべきだと、そちらに、この秋にシフトすることを期待している。」


もともとは小川氏から私にご紹介いただいた上久保先生が主張する集団免疫論も、単なる疫学的な仮説などではなく、その正しさがついに実証されるに至りました。


これは医師なら誰でも知っている常識だそうですが、ウイルスに初感染した際にはIgMという抗体の数値が上がるのに対し、既感染者が感染した場合には、IgGという抗体の数値も上昇するそうです。免疫保持者は、ふだんはIgGの値は低いですが、ウイルスに再感染すると、これが急速に上がり、ウイルスを撃退し、その後、低下するとのこと。


東京理科大学の村上康文教授が、一般の人々から得られた検体から実証したところでは、PCR検査での陰性者、つまり一般の人々全員の検体から、低い値の状態のIgGが確認されたそうです。これは、日本人が集団免疫状態にあることを証明したものといえます。


詳しくは、近く松田政策研究所チャンネルで配信を予定している上久保先生との対談の第三弾をご覧ください。問題は、同先生が言うように、せっかくできた免疫もコロナウイルスに曝露し続けなければ、すぐに廃れてしまうこと。ワクチンも、欧米で重症化パンデミックの原因となったADE(抗体依存性感染増強)を引き起こすリスクがあるようです。


結局、日常の活動を本格再開し、海外との渡航制限も解除するのが日本にとっては最善の策であることへと、政策転換することが、菅政権の最初の仕事であるとすらいえます。


●菅政権にとっての試練はマクロ経済や国家の全体観にあり

安倍政権のもとでは十分な成果を挙げられなかったのは第三の矢の成長戦略だと言われるとおり、安倍政権を継承するとしている菅総理としては、自らの官房長官としての経験も踏まえて、縦割り打破の構造改革を進めようということなのでしょう。そのために官僚の知恵を超えるべく、早速、各界の有識者との面談を次々とこなしているようです。


ただ、自らが経済政策の全体観を欠いたままで、特定の論者の特定のかっこよい説に飛びつこうとしてはいけません。総理大臣としては、経世済民のマクロの見識が問われます。


たとえば、菅総理が会っているとされるアトキンソン氏の中小企業の大規模化提案も、方向としては正しくても、再びデフレ基調を強めている現下のマクロ経済のもとでの実施は、最悪のタイミングになりかねません。大規模化は個別企業の活性化の結果として実現する姿の一つであって、まずは零細企業でも頑張れる経済環境づくりが先決でしょう。


地方銀行の再編も、問題の根本は、異常な超低金利の継続というマクロの環境。さらにこれを継続せざるを得ないなら、銀行業界全体としてビジネスモデルの刷新をデジタル化と組み合わせてどう進めるかといった産業政策のほうこそが問われているように思います。


消費増税の問題が経済環境と照らし合わせたタイミングの問題であったように、これと同じ轍を踏まないよう、全体整合的なマクロのビジョンが問われるはずです。


これは、日本全体の国家観についても同様かもしれません。ある意味、学識や教養、理念や独自の理論的支柱をも問われるのが、本来の総理大臣の職ではないでしょうか。

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