• 松田学

メガ経済圏のオセロゲームと日英EPA~中国脅威論の最大の焦点はデジタル人民元に~

先週、臨時国会が閉会になりました。この国会の最大の成果は、日英EPA協定の承認だったと思います。本協定が今後の日本の国家路線の選択にとって重要な一歩になるからです。世界中の関心が米大統領選に向かっているなか、中国は先月の11月の間に着々と世界覇権に向けた布石を打っています。RCEP合意に加え、習近平はTPP参加意欲を表明。これはかなりのくせ球です。まさかインド太平洋にも華夷秩序の形成…?


軍事面では台湾有事は時間の問題だとも…こうした中国脅威論のなかで意外と注目度が低いのがデジタル人民元。一部の情報技術精通者にしか、この脅威の構造が理解できないからかもしれません。現実をみると、我々自由主義圏はすでにかなり追い込まれている…。国内では「松田プラン」、そして国際社会では英連邦まで巻き込んだシーパワー軸の形成がなぜ急がれるのか。日本はポストコロナに向け一刻の猶予もならない状況だと思います。


●王毅外相は意味ある交渉相手にあらず…習メルケル会談で欧州を取り込もうとした中国

「王毅外相に何も言い返せない茂木外相の体たらく」…11月24日の王毅外相の来日については、尖閣をめぐる先方のトンデモ発言と日本の謝謝外交?に関心が集まりました。確かに、尖閣で茂木外相も菅総理もきちんと言えていないのはその通り。向こうは海警を軍事組織へと格上げしたのですから、こちらも格上げで発言すべきイシューでしょう。


しかし、そもそも王毅氏がどれぐらいのランクの人物なのか…。中国で外交を決めるのは外務省ではなく、外事工作委員会であり、その実務的なトップは楊潔篪(ようけっち)。習近平を含む7人の政治局常務委員が中国のパワーセブンであり、楊潔篪も、その下の平の18人の政治局委員の一人。王毅はさらにその下の200人ぐらいの集団のなかの一人。日本では外交に精通した与党の国会議員が来日したようなものだとする事情通もいます。


だから、本当の交渉は楊潔篪でないとできないし、尖閣は習近平ですら軍を抑えられるか不明な大テーマ。楊潔篪ですら言えない。その下の王毅だと、解決どころかメッセージすら発信できるレベルではないとのこと。実際の交渉では、少なくとも尖閣はトップのテーマではなく、中国側としては習の国賓来日と、11月3日の大統領選の結果を踏まえた、日米同盟に対する日本側での位置づけなどについての感触を探るのが目的だったようです。


それよりも、日本では語られていませんが、同日に行われた習近平とメルケルとの会談のほうが、はるかに重要な意味があった…。中国での報道でも30:1ぐらいの取り扱いの違いがあったようです。中国にとって日本との関係はどうにもならない性格のものですが、欧州は舵取りを間違えると米国側に行ってしまう。この会談では環境とデジタルでの協力関係が話し合われたようです。欧州の取り込みです。これは日本の国益にも関わります。


●尖閣よりも死活的に重要な台湾にこそ日本は意を払うべき…いつでも起こり得る有事

尖閣といえば、世界的な戦略家であるエドワード・ルトワック博士が松田政策研究所チャンネルでのインタビューでこう述べています。「米国の立場は、日本への攻撃は米国が反撃するが、尖閣の問題は日本政府の問題であり、中国が尖閣を占領したならば日本自身がそれを取り返す責任があるというもの。そのための現実的な軍事作戦プランを日本は作成していなければなりません。…もっと大きな間題は台湾です。」ルトワック氏は、日本による水面下での台湾への支援が日本の安全保障の上で不可欠の戦略だとしています。


その台湾ですが、台湾海峡では9月以降、中国軍機の侵入など、中国の軍事的挑発行為が続いています。当研究所研究員である宇山卓栄氏は「台湾侵攻があるのかないのかではなく、いつあるのかが焦点」だとしています。同氏によると「8月の米国アザー厚生長官の台湾訪問以降、中国首脳部は怒りを爆発させている。習近平は『全身全霊で戦争に備えよ』と指示。これは10月13日に広東省で海軍陸戦隊の部隊を視察した際の発言。海軍陸戦隊は離島などへの上陸作戦を担う、台湾や尖閣への作戦を念頭に置いた部隊。」


「かつて朝鮮戦争への参戦で中国は台湾制圧の機を失った。毛沢東と蒋介石の確執があった。危機とは突如起こるもの。香港もそうだった、このコロナ禍の最中に、『今日の香港、明日の台湾』となる可能性がある。習主席は在任中に台湾問題を解決し、国家統一を実現する。習は国家主席に就任するまでの計17年間、台湾の対岸に位置する福建省で勤務し、台湾問題にとりわけ大きな関心を有している。国家主席の任期の撤廃も、台湾統一のためには2期10年では足りないと説得してそうしたもの。生きている間に必ずやる。」


李克強首相も「民族」という言葉で台湾統一を主張していますが、「民族」となると、日本の保守派には、台湾は大陸中国とは異なる海洋民族が主流であり、むしろ日本に近いはずではないかとの議論があります。しかし、宇山氏によると「遺伝子解析では、いまの一般的な台湾人は先住民族とは異なり、中国人とほぼ同じであり、台湾人は中国人ではないとする説は否定される。やはり清王朝の台湾征服の17世紀後半以降、中国人が大陸から台湾にやって来て、台湾を中国化したとする通説が残念ながら正しい。」とのこと。


「むしろ、台湾にとって大陸中国は最大の貿易相手、しかも、このコロナ禍のなかで対中貿易額が増大するなど、中台は経済でズブズブの関係。台湾の地方各地は中国経済頼みが多い。尖閣は自分たちの領土だと言う議員も多く、蔡英文総統も6月の会見で、尖閣諸島は『中華民国の領土であり、領有権が及ぶ範囲である。』と主張している。台湾なら安心してよいというものではなく、やはり外国として是々非々の関係で臨むべきである。」


香港の次が台湾なら、台湾の次は沖縄…もし台湾が中国に編入されると、中国の太平洋への拡張は止められなくなるでしょう。日本が中国秩序に編入されないために死活的な意味を有するのが台湾であることは言うまでもありません。その台湾が中国と民族的に同じだという宇山氏の指摘は、だからこそ日本は台湾に意を用いなければならないというメッセージになるものだと思います。習近平によるTPP参加発言には、台湾をTPPに参加させない思惑もありそうです。この際、日本としては台湾のTPP加入を推進してガードを固めることも考えたほうがよいかもしれません。


●サプライチェーンの中国依存の強化と対中包囲網の打破を企図したTPP参加表明

台湾もそうですが、経済面での米中デカップリングのなかにあっても、中国経済の求心力は衰えていないようです。これもあまり報道されていませんが、11月には中国で輸入国際博覧会が開催され、世界のトップ企業が出展し、日本からは400社。なんと、最も多かったのが、あの米国で、仏、日、独の順だったようです。安全保障と言っても、産業界は違うロジックで動いています。日本の技術で注目されたのは農業とヘルスメディカル関係でしたが、いずれも中国がほしい分野です。金融もメディカルもICTと絡むと中国は強く、日本では遠隔診療も進まない間に、アリババ系のヘルスメディカルが黒字に転換…。


国際社会での経済面での11月の中国の動きとしては、何といってもRCEP署名とTPPへの参加意欲の表明が注目点。中国はバイデン次期米政権の機先を制し、自由貿易や多国間主義の旗手であるかの如く振る舞っています。これは、他国にサプライチェーンの中国依存を強めさせ、経済を武器に使う作戦といえるでしょう。もう一つの大きな狙いは、対中包囲網の打破。クアッド(日米豪印)の動きに危機感を高めている中国にとってはTPPも包囲網の一環です。バイデンのもとで米国がTPPに復帰すれば、対中包囲網は強化、それを回避するには米国の復帰前に加盟するのが得策になるはずです。


先に加盟すれば、米国のTPP復帰を阻止して、米国をアジア経済圏から排除できると習近平が考えているとしてもおかしくありません。もちろん、現実には中国のTPP参加へのハードルは極めて高く、貿易の自由化やルールのレベルが格段に違いますし、なによりも国営企業の市場経済への統合は中国の体制そのものの根幹に触れる問題です。


ただ、国家基本問題研究所の細川昌彦氏が指摘するように、習近平は「加盟交渉で何とでもなると高をくくっているのかもしれない。恐らく、空約束をするつもりなのではないか。WTO加盟後の中国を見ると、そのような疑念が湧いてくる。中国は 2001 年にWTOに加盟した際の多くの約束を未だに履行していない。」この二の舞いは避けるべきです。


同氏が述べるように「中国のTPP参加意向は、トランプ政権でアジア戦略が不在だった米国を目覚めさせることになるかもしれない。仮に中国が加盟すると、米国はアジア経済圏から排除され孤立は避けられないので、米国が先に加盟することが決定的に重要だ。」


「バイデン政権がTPPへの復帰交渉で、民主党左派への配慮から、雇用維持のために環境、労働分野の条件を上乗せした要求をする可能性もある。しかし、これで交渉が暗礁に乗り上げれば、喜ぶのは中国だ。…米国の要求次第では他の加盟国の反発も招く。中国は巨大な国内市場を餌に日本の産業界を揺さぶるだろう。」

来年のTPP議長国は日本。「TPP11」の盟主でもある日本がどうするかが問われます。


●RCEP合意とデジタル人民元のプラットフォーム形成…これこそが最大の脅威か

11月の中国の動きで、実は私たちが最も着目しなければならないのがデジタル経済です。


アリペイで有名なアントファイナンスの上場が習近平により直前に停止されましたが、その目的はフィンテックを委縮させること。これは、民間で育ってきたあとに蹴り上げて屈服させるという中国のいつものやり方ですが、フィンテックは伝統的な金融組織とは全く違う世界。中国政府が目をつぶって育ててきた分野ですが、あまり自由にさせておくと、他の業界も集中統制したい習として示しがつかない。その背景にあるのがデジタル人民元。


これは法定通貨自体のデジタル化であり、フィンテックによる民間決済とは完全にバッティングします。習は11月1日に「デジタル元年」、「デジタル通貨をやっていく」との談話を発表しましたが、そこで怖いのは、世界共通のものを皆さんと話し合っていくとしていること。中国独自ではなく、世界のプラットフォームを中国が取っていく話になります。


これは将来、例えば「デジタルユーロ」も中国の技術基盤を使うということになりかねない、インパクトのある発言です。これも11月3日の大統領選の直前のタイミングでした。


実は、この内容はすでに4月10日に習が話していたもので、それは日本では緊急事態宣言の頃であり、中国では4月8日に武漢を解除した直後。当時、中国はコロナから一抜けした、それも一つのタイミングだったようです。今回、大統領選に世界の関心が集中しているタイミングでデジタル経済を強く打ち出したのは、ポストコロナは中国が牛耳るとのメッセージ。世界の報道の中でスルーされるのが中国の戦略的プロパガンダのやり方です。


11月のRCEP合意も、この流れに即して考えるべきでしょう。インドが抜けたRCEP15か国のなかでは中国の貿易が最も大きく、その中で貿易のハードルが下がるのは中国にとって最も大きな利益です。しかも、超大国としてその中核にいられます。


このRCEPで重要なのは、RCEPのなかで形成される通貨圏の問題です。人民元建て国際決済システムであるCIPS(Cross-Border Interbank Payment System)を2015年から中国は始めており、日本のメガバンクも含め約160か国が参加しているとされます。現在の基軸通貨の米ドルでのSWIFT決済が主流のなかで、いきなりデジタル人民元というわけにはいかず、そもそも、そのための決済ネットワークがなければなりません。


RCEPの形成で、今後、東南アジアなど参加国の決済がCIPS化していく流れが強化されるでしょう。アセアンにとって中国との貿易は最大であり、第三国通貨であるドルを使うよりも手数料も安く利便性も高いはずです。その次に来るのが、これのデジタル化。


つまり、「所詮、信用のない人民元はデジタル化しても変わらない」として軽視するのは誤りであり、「RCEP+CIPS+デジタル人民元」の3つの全ての組み合わせでみていかなければならない問題です。さらに、シンガポールで人民元でのインターネット銀行が認可されました。外国もオンライン銀行を人民元でできる。そこが決済手段のなかで、RCEP内でCIPSを利用する。こうなると4層の組み合わせです。


プラットフォームとしての組み合わせこそが脅威です。スマホで手数料もほとんどかからずに決済できる。どんどん中国人民元に組み込まれていく…。自由主義圏で研究中のCBDC(Central Bank Digital Currency)が誕生しても、その基盤になるのは中国か…。


●日英EPAの意味とインド太平洋構想~政府発行デジタル円も喫緊の課題~

11月の中国の活発な外交面の動きとしては、これもあまり着目されていない上海協力機構首脳会議(11月10日)も見過ごせません。ここには、クアッドのインドが正式加盟しています。万一、中印間で紛争が起きても、プランB、プランCで中国は考えており、中国が外交フレームを多数持っていることを示すものです。


インドには大国を目指せるポテンシャルがあります。将来、大きくなって第二の中国になったときに、日本にとってどのような競争相手になるか。同じ敵がいる現在は手を組めますが、不安定な協力相手かもしれません。そもそも日本が進めるインド太平洋構想は、前述のルトワック氏が安倍総理に知恵を授け、反米的なインドを日本が取り込み、これに米国が乗ったもの。いまは反中色を鮮明にしたモディ政権ですが、日米同盟を組む日本にとって、常にインドが親日であり続ける保証はないことにも留意する必要があるでしょう。


11月17日にはBRICS会議(ブラジル、ロシア、インド、中国、南ア)も開催されました。ポイントは、ここでもインドが入っていることです。色々なフレームワークでクアッドに入っているインドを中国は取り込んでいます。まさに中国包囲網への対抗です。


こうしたオセロゲームのなかで、超大国ではないミドルパワー?の日本の強みは、色々な枠組みに入っていられることかもしれません。ある意味で嫌がられる超大国がど真ん中にしかいられないのに対し、ミドルクラスの強みを日本は出すべきでしょう。TPPも各地域とのEPAもRCEPも…それら全てに顔を出しているのは日本の強みです。だからこそ、日本の持つ独自のタイプの影響力で「日本新秩序」を「世界新秩序」にできる…。


このなかで来年1月から発効することになった日英EPAには、単に、EUから離脱する英国との間でEUと同様の貿易投資関係を維持する以上の重要な意義があります。河添恵子氏が述べる通り、2016年の習近平の訪英時にエリザベス女王が彼をRude(無礼)と言ったことは、英国の外交路線や対中スタンスの大転換を象徴するもの。


EU離脱は、大陸欧州から自立した英国が自国の繁栄の道を再び旧英連邦に求める動きでもあり、日本が推進するインド太平洋構想は数多くの旧英連邦諸国とも重なっています。


クアッドに東南アジアを取り込む流れのなかに、先般の菅総理によるベトナム、インドネシア訪問が位置づけられるとすれば、TPP参加にも強い関心を示す英国と日本とのEPAは、米大陸~太平洋~インド洋から広く欧州までをも巻き込むかたちでのシーパワー軸の形成に向けた重要な一歩だと位置づけられるべきでしょう。


新型コロナでも中国はプロパガンダの新局面に移行したようです。それは、今回のコロナの起源に関する真相は中国にしかわからないことから、起源の責任と拡散の責任を別建てとし、前者については意図的に触れず、もっぱら後者に関心をフォーカスさせるプロパガンダ。世界で拡散しているウイルスは北イタリアで増えたものだと、宣伝を始めました。


地政学な陣取り戦略に加え、コロナでもデジタルでも世界を手玉に取り、ポストコロナの主導権を着々と固めている中国は、このコラムでも何度も強調してきたように、決して侮るべからず。とりわけ、最近では、中国の何がいちばんの脅威かといえば、それはデジタル人民元になりつつあります。これがいつの間にか、中国共産党の世界覇権を現実のものにしていくということに、私たちはもっと目を向けるべきでしょう。


だからこそ、中国が国民監視の手段としてデジタル法定通貨を発行するなら、わが日本は国民の福祉と利便性を向上させる政府発行のスーパー「デジタル円」で、中国の超限戦から国家と国民と通貨主権を守り抜く「松田プラン」が喫緊の課題のはずです。外には、オセロゲームを勝ち抜く高度な戦略性を、内には、世界を先導するトークンエコノミーを軸とした真のデジタル革命を…これらを遂行する新たな政治勢力が必要かもしれません。

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