• 松田学

コロナの「ファクターX」に迫れないメディアと安倍政権~命より大事なものがある~

新型コロナウイルスをめぐる報道には何か大事なことが抜けていなかったか?最近、ようやく「ファクターX」という言葉が出てきました。松田政策研究所チャンネルでの対談や医療の現場からもさまざまな異説?に触れてきた立場からみると、日本の人口当たり死者数が欧米の数百分の1の過ぎない「世界の謎」にメディア報道が迫ろうとせず、一方的に国民を「コロナ脳」へと委縮させてきたことには違和感を禁じ得ないものがありました。


「自粛」で失われてきたものは経済にとどまりません。コロナ禍は、そもそも人間は何のために生きているのかというレベルにまで及び始め、新たな危機を人類社会に生み出しているようにみえます。最近では、そもそも緊急事態宣言自体が不要だったとの分析も・・・。


他方で、このところ安倍政権に対する霞が関の反乱?が随所で起こっているようです。あの検察問題の報道も、事の真相はどうも違う・・・。今回の本欄では、日本のメディア報道をゆがめている「ファクターX」のほうについても取り上げてみました。


●人間の本質を殺す自粛措置

命を超えた価値のために命を懸けている自衛隊の出身の潮匡人氏が、私のチャンネルで発した言葉は、コロナ騒動のなかで多くの人が見失っているものをズバリ、突いています。


「1月からの日本政府の対応はtoo little too lateに尽きる。そもそも感染が下降段階に入ってからの緊急事態宣言だった。一喜一憂の右往左往が続いたが、この間に失われた富や収入だけでなく、本物のダメージは、目に見えないところにある。


『業』そのものが根絶やしになってからの『ステップ3』となっても、取り返しがつかない。金銭では評価しがたいものが痛んでいる。フリーランスはこの2か月、収入を絶たれていることに政府は本当に思いを致しているのか。休んでも給料をもらえる人々とは、条件が決定的に違う。このことを勝ち組の人は理解していない。次の解散総選挙でどういう形で民意が示されるか・・・。『第二波』が起こると、また自粛に返るのか、再び飲食店は8時までになる?という状態では、安心して活動できない。


大企業勤務でボーナスが減らない人は、安倍さんよくやった。腕一本で頑張る人たちは、いい加減にしてくれ。月給取りと日銭で生きる人々との間で、かつて一億総中流社会だった日本に、現在の米国の如く、ある種の分断が生まれてしまった。


ポストコロナに向けてデジタルトランスフォーメーションのチャンスと言うが、私たちの眼には白目があるから黒目が動くことでアイコンタクトがなされている。目は口ほどにモノを言う。しかし、マスクで口は塞がれている。例えばリモートでの会議や講演となると、視聴者と目が合わない。これは案外、疲れる。実際のところ、外出自粛で通勤電車も会議も無くなり、内心、ラッキーと思った人が多いだろう。しかし、人と話していて目と目が合わないのは、実は大変なこと。人間性の本質に反している。


政府はコロナという疫病に対して『命を守る』から始まり、次に『暮らしも守る』と言い始めたが、これは自殺などから『命を守る』とのメッセージになる。航空自衛官を長く続けた立場でいえば、いざ武力行使事態となり自衛権を行使する段階では、『命よりも、より高次な価値がある』ということを前提に軍隊は成り立っている。そうした類のメッセージは、今回、誰も言わなかった。


例えば、雅楽は後継者がいなくなっていいのか、誰も和歌を詠まなくなった・・・それで誰も死なずに生きてはいたが、これが日本なのか?元も子もないことになる。世の中にゼロリスクはない。一定の線を引いて活動を再開できる。人の命を守るのと同じ細心さで、その点に目配せしてほしいものである。」


●命を超えた価値の領域まで侵犯し始めたコロナウイルス

・・・チェロ弾きとして文化活動に自分が生きる意味の一つを見出している私には、この潮氏の言葉がよく理解できます。そもそも音楽という創造活動は、人間と人間とが一つの時空を共有することで、そこに何かを生み出すもの。その流れがいったん止まってしまうと、取り返しのつかないものがあるのは事実。ズーム会議を通じて、人間のコミュニケーションが言葉以外のアナログによって成り立っていることを痛感した方も多いと思います。私も、聴衆がどこまで理解しているのか伝わってこない「ウェビナー講演」を何度かいたしましたが、暗闇に向かって一人で吠え続けているような恐ろしい時間でもありました。


「コロナ鬱」に陥った人、電車に乗るのも恐くなった人・・・だけでなく、「人は食べるためのみに生くるにあらず」の部分で何かを創ろうとしてきた人々の心が蝕まれていないか・・・。このことがもたらす甚大な被害が顕在化するのはこれからかもしれません。


人類史を振り返ると、疫病がルネサンスなど新たな文化を生み出す契機となってきた歴史がありますが、そうなるためにも、いま、最も問われているのは、メディアと専門家〇〇会議が多くの日本国民に罹患させた「コロナ脳」からの脱却ではないでしょうか。さもなければ、私たちが生きる目的である価値の領域までコロナに浸食されかねない、

そこにもう一つの大きな危機が存在するような気がします。


●メディアはなぜ、日本の「世界の謎」をタブー視するのか

では、「コロナ脳」蔓延の一翼の担ったメディアの責任は・・・?アゴラ編集長の新田哲史さんと論じてみました。どうも、前例も正解もない問題に直面すると、スタック状態になるのがメディアだそうです。政府当局と一緒に迷走し、そして反権力的な報道に・・・。専門家かどうか怪しい人が出てきて煽る。大事な問題への問題提起がなされなくなる。数百分の1という日本の「世界の謎」について、何ら真剣な議論が出てこず、異論が排される・・・。


そこには、医学界の主流が見落としているシナリオがあり得ます。日本が欧米のようにならなかったのはなぜか。日本人の国民性とか「幸運だった」では済ませられない、今後のことを考えれば決して座視できない重要問題がそこに潜んでいるのはあまりに明らか。なぜ日本のメディアは、この「なぜ?」ということをきちんと追わなかったのか・・・。


有力説の一つとされるBCG説も海外では本格的な研究が出始めましたが、日本では「トンデモ理論」としてはねつけられてきました。背景は、当局のシナリオ、「専門家」のシナリオ、行政の無謬性、医者の権威・・・?前代未聞ゆえに想定と異なる事態に対して、なぜPDCAを回すという基本動作すらできなかったのか…。後述の池田信夫氏などが発信拠点としたアゴラのような小さなメディアでもできることを、大手メディアはなぜ怠ったのか?そもそも感染症の予測は、医学的な知見というよりも、統計数理の世界です。それなりの専門家たちから異論がぶつけられていました。


これがあまり触れたくない世界になり、低死亡率が説明されないままになったのですが、もし、BCG説が正しいなら、それは日本にとって産業化のチャンスです。感染者数に比して死亡者数がかなり少ないロシアもBCGとの関連が指摘されていますが、このままだとロシアが先に研究して「ファクターX」を突き止めてしまうかもしれません。


●コロナ報道も黒川麻雀報道も、恐ろしきメディアの構造問題

メディアといえば、黒川前東京高検検事長のスキャンダルをめぐる一連の報道も、どうも不自然です。メディアも、日頃から記者クラブで行政に出入りする新聞・テレビの大手メディアと、それ以外のメディアとでは事情は少し異なるようですが、前者の場合、明日発表するネタが自然と回ってきます。それは宴会部長的な人間関係重視の人々の世界であり、正解がないコロナのような問題となると、行政が混乱すると一緒に迷走する・・・。


今回の黒川氏失脚問題については、内部者しか知り得ないはずの「三密麻雀」を誰がリークしたのかという問題があります。産経新聞記者と明記されたリークは前例がなく、これは産経のトクにはなりません。トクをするのは、今回、主流へと復活した林氏を検事総長候補としてきた検察庁の主流派でしょう。元特捜部長の熊崎氏など検察主流のOBがメディアに出てきて公然と政権批判したのは、普通なら考えられなかったこと。そもそも黒川氏の検事総長就任の流れを作ったのは、法務検察とて官邸の人事権の例外ではないとした菅官房長官だったようですが、その人事を検察主流は認めたくなかった・・・。


雀卓を囲んでいたのが産経だけでなく、産経とは火花を散らすはずの朝日の記者もいたことが、改めて検察と大手メディアとの癒着を露呈しましたが、そもそも検察とメディアとは共犯関係。検察は捜査が行き詰まりそうになると世論を煽り、メディアは特捜部の幹部が流す情報をそのまま流すという危ういことをしています。そこには、捜査、逮捕へと世の中の雰囲気をつくり、メディアはスクープをとれるという共存共栄関係がある・・・。


検察庁問題全体が、政権による検察人事への介入権強化との事実誤認の文脈のもとに報道されてきました。記事を毎日埋めなければいけないメディアには、どうしても予めストーリーを作って報道してしまう傾向があります。コロナ報道もそうですが、結果として社会に大きく影響するのであり、最後の一線を守る矜持がメディアには必要なはず。しかし、大手メディアも経営が苦しくなり、それが報道の劣化につながっているようです。余裕がないと余裕ある企画ができない・・・、メディア人の力を超えた構造問題がありそうです。


スウェーデンでの集団免疫政策は、メディアリテラシー教育の賜物だったとされるように、国民のメディア報道をみる目を養うことも重要です。ネットにも色々な問題はありますが、いくら衰退しているとは言っても、特に日本の場合、国民の多くがほとんどメディア報道を通じて物事を判断しているのが実態。ならば、今回の新型コロナに関してアゴラのように、せめて自らの頭で調査を重ね、多様な視点から報道を組み立ててほしいものですが、メディア報道の質を決めるのも、最終的には国民のメディアリテラシーでしょう。


これは政治を最終的に決めるのが有権者のレベルであるのと通じるところがありますが、有権者の判断もほとんどメディア報道が決めているという恐ろしさが日本にはあります。


●霞が関の反乱?と危機管理の手違い

その政治のことですが、検察報道の背景には、安倍政権の弱体化がありそうです。政権が盤石な間は、黒川問題もここまでは出なかったのではないか・・・。政権の力が弱まると、官僚はコントロールがきかなくなる。政権を気に入らない人たちが刺しにいく・・・。


このほかにも、安倍総理が表明した9月入学を文科省官僚が棚上げへと動いたり、アビガンの5月中認可を、何かあれば結局は責任をとらされる厚労官僚が止めたり・・・と、いよいよ、官邸一極構造で抑えつけられてきた「霞が関の反乱」か?を伺わせる現象が多発・・・。

ただ、安倍政権の本当の危機は、「ファクターX」が解明され、日本における新型コロナの真相が明らかになったときかもしれません。


前述の潮氏は、どの国もが共有する「軍」の発想の欠如も含め、安倍政権の危機管理の手順の失敗を指摘しています。日本の中で危機管理に対応するのは自衛隊であり、大型客船にも医療チームが派遣されました。その現場では、本来はプロであるべき厚労省の職員が次々と感染しましたが、自衛隊は感染者ゼロ。そこには、平時の論理の行政官と、有事を基準に動く自衛隊との決定的な違いがあったということです。


そもそも初動の段階で全力を投入するのが軍事の一般原則。これに反し、安倍政権はズルズルと規制の水準を逐次、上げていきましたが、たとえ法律が間に合わなくても、最初にいきなり、緊急事態宣言をすべきだったというのが潮氏の見解です。ならば、5月下旬まで引っ張ることなく、もっと早くとどめられた・・・。あるいは、最初から5月31日に目標を設定し、「国民がきちんと対応すれば解除はもっと早くなる」とすれば、結果として同じ日に解除となっても、そこには大きな違いがあったはず。「コロナ脳」の被害も政治への不信感も、小さくて済んだかもしれません。政治家としての構えに大きな失敗があった・・・。


●緊急事態宣言それ自体が不要だった・・・?安倍政権に迫る緊急事態

アゴラ代表取締役所長の池田信夫氏は、統計分析を重ねた結果、4月7日の緊急事態宣言は、日本の感染者数がすでにピークをつけていた3月27日のあとであり、同宣言期間中の実効再生産数も一貫して1を下回るなど、5月7日の同宣言の延長は不必要だった、そもそも最初から緊急事態宣言そのものが不要だったと断定しています。


日本では「10万人当たり感染者数0.5人以下」が基準ですが、ドイツではこの数字が50人の段階でロックダウンを解除。総人口1,300万人の東京都では、一日当たり新規陽性者数20人、接触歴等不明率50%、週単位の陽性者増加比1・・・等のわかりにくい基準を上回ると

「東京アラート」で都民を震え上がらせています。これも「コロナ脳」劇症化剤・・・。


本コラム欄では何度も、日本では、①他国と異なる軽症ウイルス種が主流である可能性(普通の風邪の原因である遺伝子構造未解明の土着コロナ亜種にPCR検査が交叉陽性反応しているケースが多い)、あるいは、②固有の免疫保有状態、が真相ではないかと指摘してきました。BCGによるものなのかどうかは別として、②は、何らかの原因で日本は新型コロナに対しては集団免疫と同様の状態にあることを意味します。


これら①、②のいずれの場合も、欧米型コロナの流入を防ぐ水際措置の継続は必要でしょう。しかし、こと国内については、もし「ファクターX」が解明されれば、日本国民は通常のインフルエンザ以上に気をつけてさえいれば、通常どおりの外出や経済活動を続けていても問題はなかったという結論が明確化する可能性が高いといえます。


そのときに国民はどのような反応になるか・・・。分からなかったのだから仕方ない、安倍さん、よくがんばった、水に流そう・・・というのが日本人の国民性。果たしてそうなるかどうか・・・。政権が前述した危機管理の手順とは逆走してきただけに、さすがに今回はそうはいかないかもしれません。失ったものがあまりに大きい多くの人々が果たして納得するか・・・。法的強制力に基づかない要請であったがゆえに、損害賠償請求も多発・・・?


政権も専門家もメディアも・・・新型コロナのエスタブリッシュメントたちにとっては考えたくもない事態になるでしょう。だからこそ、山中伸弥氏が遅きに失して発した「ファクターX」は、メディアも触れたがらないタブーだったのかもしれません。


霞が関の反乱?が起こり、現在の調子でゲリラを仕掛けられていけば、ひと昔前なら、この流れで政権はズルズルとアウトに向かいますが、いまは代わりがいない・・・。「ファクターX」の解明による真の危機も安倍政権は乗り超えてしまう?そんな状態で「グタグタ」が続くなかで、何も本質的なことが解決されないことが、国益上の不幸かもしれません。


ただし、安倍政権に確実にトドメをさす事態があります。それは、習近平の国賓来日。天皇陛下が習と握手して、もし、陛下に感染したら、誰が責任をとる・・・?どうも年内の来日はなくなったようですが、これがブラックジョークに終わることを祈るものです。




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